地域ケアの今(63)

福祉現場をよく知る鳥海房枝さんと、在宅現場をよく知る上野まりさんのお二人が毎月交代で日々の思いを語り、地域での看護のあり方を考えます。

 

 

「認知症」になることに備えて

文:鳥海房枝

 

厚生労働省は2018年11月に自らの人生の最終段階を周辺の人々とあらかじめ話し合っておく重要性を普及・啓発する目的で、アドバンス・ケア・プランニング(以下:ACP)の愛称を「人生会議」としました。その1年後の同月にこの言葉と考え方を広めるために、結果的には評判の悪かったポスターも作成しました。

 

このころには、介護保険での看取り介護加算の算定もあり、特別養護老人ホームなどの高齢者ケア施設では施設内看取りが珍しくなくなりました。さらに現在では終末期ケアに、ACPの考え方は必要不可欠になっています。すなわち「逝く本人の意思に沿った看取り」です。日本は今後、超高齢化社会から多死社会に突入します。ここで社会的に見た「多死社会」は傍らに置き、自らの生き方(逝き方)を周辺の人々と話し合い、意思表明しておく重要性が言われる

ようなった理由を考えてみます。

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困難ケースを解決するスペシャリストの実践知❸

各分野のスペシャリストによる看護実践の過程から、困難事例への視点や日々の実践に役立つケア・コミュニケーションのポイント、スキルを学びます。

 

❸緩和ケア

利用者・家族のありようと生き方を理解し

起きている現象にコミットする

 

今月のスペシャリスト:長尾 充子

 

 

病状を受け入れ、よりよい療養を願うAさんと

本人へのがん告知を避けようとする家族

 

事例:Aさん /80代女性

肝細胞がん(多発リンパ節転移、骨転移)

 

Aさんは元来健康で、夫と立ち上げた会社の経営に精力的に取り組んできた。夫が10年前に亡くなった後も、従業員である家族たちに会社の経営やさまざまな生活場面において指示を出していた。Aさんには次男と3人の娘がいる。長男は2歳のときに特発性血小板減少性紫斑病で亡くなっていた。現在、Aさんは三女と一緒に暮らしており、そのほかの子どもは独立して近隣に住んでいた。

 

Aさんは、年明けごろから疲れやすさを自覚するようになった。3月、体幹に皮疹が出現し近所の皮膚科を受診したところ帯状疱疹と診断された。処方薬を服用したが、腹部周囲のピリピリする疼痛は改善せずに日常生活を思うように過ごせなくなった。6月はじめに再び皮膚科を受診すると黄疸が見られたため、大学病院での検査をすすめられた。すぐに入院が決まり、25日のCT検査の結果、肝右葉前区域のほぼ全体に腫瘤があり、肝細胞がんによる門脈浸潤・リンパ節転移・骨転移も認められた。さらに30日、内視鏡的逆行性胆道膵管造影(ERCP)により中部胆菅狭窄が認められ、胆管ステント・膵管ステントが留置された。7月10日より、骨転移部分への放射線療法が開始された。

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特別寄稿

今年、介護保険制度は施行から20年を迎えました。「介護の社会化」の実現に向けて創設されましたが、実際はどうでしょうか。上野千鶴子さんは3年ごとの改定により後退していると指摘します。本稿では、介護保険の歴史を振り返りながら、政府の思惑や制度の欠陥、利用者・事業者の負担などの課題と今後について解説いただきます。

 

 

 

 

上野 千鶴子

うえの ちづこ

認定特定非営利活動法人ウィメンズアクションネットワーク 理事長

東京大学 名誉教授 社会学者

 

筆者略歴

京都大学大学院社会学博士課程修了。1995〜2011年東京大学大学院人文社会系研究科教授など、国内外の短大・大学・大学院・研究機関で教育と研究に従事。専門は女性学、ジェンダー研究。同分野のパイオニアであり、指導的な理論家の1人。高齢者の介護問題にもかかわっている。最新刊『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』(樋口恵子と共著、マガジンハウス、2020年)ほか、著書多数。

 

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介護保険の後退を許さない!

20年を迎えて考える制度の課題と今後

 

介護保険は今年で20歳になりました。成人式をすがすがしい気持ちで祝うことができないのは、生まれてこの方、3年の改定ごとにいじめを受けて“被虐待児”だと言われているからです。

 

介護保険制度を後退させる政府のシナリオ

 

介護保険法が成立したときに、これでようやく日本も「介護の社会化」に向けて大きな一歩を踏み出したと希望を持ちました。「介護の社会化」とは「脱家族化」の意味でもあります。それまで介護の公的支援を受けられなかった中流家庭の高齢者も利用できるようになり、おひとりさまの私は、まるで私のためにできたような制度だと思ったほどです。介護保険制度はいろいろな欠陥が指摘されましたが、運用しながら少しずつ改善していけばよい、と関係者の多くが考えていました。それがどうでしょう。最初の改定から後退の一途をたどっています。これは、読者の皆さんもご存知のとおりです。

 

→続きは本誌で(コミュニティケア2020年11月号)

特別寄稿

メディアなどで安楽死に関する事件や話題が上るたび、安楽死・尊厳死に対する議論がされてきました。しかし、川口有美子さんは「難病や重度の障害のある人に対し、なぜ『死ぬ権利』ばかり提示されるのか」と指摘します。ALSの母親を12年介護した後、訪問介護事業所とピアサポート団体を設立し、多くの障害のある人とかかわってきた川口さんに、「死にたい」と訴える患者の真意や看護師への期待などを述べていただきます。

 

病気や障害を持つ人の

“生きる選択肢”を広げる社会に

 

川口 有美子

かわぐち ゆみこ

特定非営利活動法人ALS/MND

サポートセンターさくら会 副理事長/

有限会社ケアサポートモモ 代表取締役社長

 

筆者略歴

主な活動として患者会の運営や執筆のほか、国の難治性疾患克服研究と重度障害者の地域生活のための政策立案に携わっている。2013年立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程修了。著書に「逝かない身体:ALS的日常を生きる」(医学書院、2009年。第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、「末期を超えて:ALSとすべての難病にかかわる人たちへ」(青土社、2014年)など。

 

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今年8月、神経難病のALSの女性に対する嘱託殺人事件容疑で医師2人が逮捕される事件がありました。それを受け、メディアなどで安楽死・尊厳死の法制化の議論を求める声が上がるなど注目を集めました。こうしたケースは、過去にもたびたび起こっています(表)。

では、安楽死・尊厳死はそれぞれどのような行為で、どのような違いがあるのでしょうか。

 

日本では一般的に、終末期において、当事者本人の意思により、「過剰な延命治療をしないで尊厳を保ったまま死を迎える」のが“尊厳死”で、「苦痛から逃れるために致死的な薬剤を用いて死を迎える」のが“安楽死”と考えられていると思います。しかし、医療従事者、家族、当事者など論じる立場に応じて、尊厳死、安楽死、さらに自殺幇助の捉え方は異なり、自分がどういうポジションに立つかによってそれに対する意識も異なるようです。

 

 

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特別寄稿

特養あずみの里裁判では、利用者の飲食中の急変(その後死亡)に対し、食事介助に当たっていた准看護師が業務上過失致死に問われました。本誌ではこれまで、その事件の詳細や裁判の経過、全国からの支援などについて複数号で報告してきました(2018年11月号、2019年1月号、2019年6月号)。今回、控訴審での逆転無罪判決が確定したため、弁護士の木嶋日出夫さんから最終の報告をいただきます。

 

 

特養あずみの里裁判④

画期的な無罪判決

文:木嶋 日出夫

 

 

 

逆転無罪判決、確定

 

2020年7月28日、東京高裁第6刑事部(大熊一之裁判長)は、特養あずみの里業務上過失致死被告事件の控訴審判決で、第1審・長野地裁松本支部の有罪判決(罰金20万円)を破棄し、無罪判決を言い渡しました。検察は上告せず、無罪判決が確定しました。

 

2014年12月26日に不当な起訴を受けて以来、今日まで5年半を超える長きにわたり、「被告人」として苦汁をなめさせられてきた准看護師の山口けさえさんは、無罪判決確定後の記者会見で「お亡くなりになった方のご冥福を祈ります。無罪の判決が確定して本当によかったです。ほっとした気持ちです」と、その心境を率直に語りました。

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