NT2013年8月号の連載【看護形態機能学視点のヘルスアセスメント】のテーマは、
〈すべての日常生活行動を支える形態と機能〉
恒常性維持のための流通機構④リンパ編
「リンパ編」の看護形態機能学視点のヘルスアセスメントでは、従来のフィジカルアセスメントに以下のような視点が加わります。
[執筆]加藤木真史(聖路加看護大学基礎看護学助教)
NT2013年8月号の連載【看護形態機能学視点のヘルスアセスメント】のテーマは、
〈すべての日常生活行動を支える形態と機能〉
恒常性維持のための流通機構④リンパ編
「リンパ編」の看護形態機能学視点のヘルスアセスメントでは、従来のフィジカルアセスメントに以下のような視点が加わります。
[執筆]加藤木真史(聖路加看護大学基礎看護学助教)
8月号の特集テーマは「「つらくない」「痛くない」褥瘡ケア」です。
がん医療で定着してきた緩和ケアの概念が、がん以外の患者のケアにも導入されるようになってきました。褥瘡ケアにおいても、「QOLを保障するケア」が注目され、その1つとして「疼痛緩和に配慮したケア」が挙げられています。特集では、褥瘡ケアに伴うつらさや痛みについて解説し、「痛みのアセスメント」「体圧分散ケア」「スキンケア」「ドレッシング材・テープの選択」「処置時に使用する薬剤」といった苦痛を緩和するための実践をご紹介します。後半の「誌上コンサルテーション」では、困難事例5題について解決策を模索します。
監修:祖父江正代
(江南厚生病院/皮膚・排泄ケア認定看護師/がん看護専門看護師)
「つらくない」「痛くない」褥瘡ケアにおけるナースの役割と看護の視点
祖父江正代
褥瘡ケアに伴う「痛み」「つらさ」の正体
小林陽子
(東京都健康長寿医療センター/皮膚・排泄ケア認定看護師)
実践とナースの役割
痛みのアセスメント
高木良重
(福西会病院/皮膚・排泄ケア認定看護師/がん看護専門看護師)
体圧分散ケア「病状説明と治療の選択」「家族支援」「療養の場の意思決定」を例に
祖父江正代
スキンケア
庭山由香
(杏林大学医学部付属病院/皮膚・排泄ケア認定看護師)
ドレッシング材・テープの選択
庭山由香
処置時に使用する薬剤
祖父江正代/石川眞一
(江南厚生病院緩和ケア科医師)
困難事例の誌上コンサルテーション
1 創に触れるだけで痛みのある患者へのケア
丹波光子
(杏林大学医学部付属病院/皮膚・排泄ケア認定看護師)
2 薬剤がしみて痛いと訴える患者へのケア
丹波光子
3 体圧分散マットレスによる不快感がある患者へのケア
祖父江正代
4 痛みがあり、処置を拒否する患者へのケア
高木良重
5 在宅でネグレクトが疑われた患者へのケア
小林陽子
NT2013年8月号の連載「楽しく読んじゃう 新★看護学事典」では、看護学事典2版で「共感疲労」の解説を執筆してくださった武井麻子先生(日本赤十字看護大学教授)からエッセイをおよせいただきました。
ケア提供者の心理的疲弊
しばらく前からFacebookを利用していますが、最近、職場を辞めたという若い看護師の投稿が載っていました。どうやら勤務中に急変した患者を救えなかったことが、きっかけのようです。申し訳ないという気持ちが綿々と綴られていました。
こうした現象は、よく「バーンアウト」という言葉で語られますが、彼女はまだ卒業して3年です。燃え尽きたというにはあまりに早すぎる気がします。むしろ、「共感疲労」として捉えるべきなのでしょう。
ナースたちが退院支援の仕組みをつくり、うまくいっている病院の実践事例を1つ取り上げ、「意思決定支援」と「自律支援」を軸に病棟ナースと在宅ナースがそれぞれの実践を振り返ります。加えて管理者から仕組みづくりの経緯とその内容をうかがいます。
[監修]
宇都宮 宏子 (在宅ケア移行支援研究所 宇都宮宏子オフィス)
[筆 者]
堀尾 素子(精神療養病棟看護師)
角間 広美(訪問看護ステーション レインボウはたしょう)
力石 泉(看護部長)
今月の病院
豊郷病院
事例紹介
Aさん(70代/女性)
既往歴:レビー小体型認知症
社交的で明るい性格。お嬢様として育ち、高校卒業後21歳で結婚。2児をもうけ、しつけに厳しい厳格な母親・専業主婦として過ごす。55歳で夫が他界した。
長男は40代独身で大学卒業後大手企業に就職し、現在他県に赴任中。50代の長女はてんかん、知的障害があり作業所に通所中。長女と二人暮らしをしていた。
NT2013年6月号の連載「楽しく読んじゃう 新★看護学事典」では、看護学事典2版で「清水耕一」の解説を執筆してくださった鷹野朋実先生(日本赤十字看護大学精神保健看護学講師)からエッセイをおよせいただきました。
精神科看護の礎
私が東京都立松沢病院という精神科病院の看護師だったころ、院内図書室で「至誠の人 清水耕一君」と題された、明治から昭和初期に松沢病院(前身の巣鴨病院も含む)で勤務していたある看護人の生涯を綴った冊子を見つけました。これが、私と清水耕一との出会いです。清水には、日本赤十字社の看護人として戦時救護に従事したり、多数の読者に支持された著書『新撰看護學』の執筆など、さまざまな業績があります。
清水は、松沢病院の医療・看護の惨憺たる状況を改善しようと、精神科医の呉秀三が病院を大改革していたころの看護長です。呉は、清水に絶大な信頼を寄せていたそうです。これを知った時、18世紀、フランスの精神科病院で“鎖からの解放”を行った精神科医ピネルの傍らで、彼の改革を支えた男性看護人ピュサンを想起しました。清水も、呉の病院改革にかかわっていたかもしれません。病院が巣鴨から移転した直後に以下のようなことがあったと、そこに居合わせた医師が後に述懐しています。
新しい松沢病院の塀は、呉の“病院と周囲の境界は簡易に”という主張から、従来の頑強な塀ではなく大部分が生け垣と簡素になりました。そこで清水が「これでは私たちは仕事ができない」と呉に言ったのです。「この塀では患者が簡単に離院してしまい、大変だ」ということなのでしょう。すると呉は、「病人の囲いは看護人の目で行いなさい、垣根に頼るからいけない」と答えたそうです。(続く)
★清水耕一