(No.20)
虚構世界と現実世界
『バービー』
岩田 健太郎
神戸大学大学院医学研究科 教授/神戸大学医学部附属病院感染症内科 診療科長
感染症内科医。『ワクチンを学び直す』『抗HIV/エイズ薬の考え方、使い方、そして飲み方ver.3』など著書多数。趣味は、映画や落語の鑑賞、スポーツ観戦など。
着せ替え人形「バービー」の実写映画
2023年のヒット作。超面白かった。未見の方はぜひご覧いただきたい素晴らしい作品だ。バービー(Barbie)は言わずと知れた着せ替え人形である。私も娘に買ったことがあるけれども、本作を観るまではバービーを製造したマテル社のことも、バービーを考案したマテル社のルース・ハンドラーのことも何も知らなかった。しかし、それでも心配はない。本作はバービーや着せ替え人形の知識や思い出が皆無な人も、バービー大好きで遊びまくっていた人も、等しく楽しめる娯楽映画になっている。本作は非常に巧妙につくられた映画で、観客のバックグラウンドによって観方が異なる映画であるにもかかわらず、それぞれ異なる楽しみ方ができる重層構造をしているのだ。そこが作り手の巧みさだと私は思った。海原雄山的なうんちく満載の食マニアも、日本食は初めての外国人も、等しく満足させるような懐石料理と言えば伝わるだろうか……いや、伝わらない(笑)。
例えば、作中には不思議な「バービー」が次々に登場する。腕をぐるぐる回すとバストサイズが大きくなるバービーがいて、「なんじゃそりゃ」と思うのだが、エンディングで往時、本当にそういうバービーが発売されていた(そしてすぐに販売中止になったらしい)ことを知る。バービー・マニアなら「あー、いたいた」とニヤリとするところだろうし、そうじゃない人もそれなりに楽しめる。別角度からの視線に、それぞれに応じているポリフォニックな映画になっている。観ている人によって観方が変わる、まるで黒澤明の『羅生門』や、荒木飛呂彦の『スティール・ボール・ラン』の有名な「あの」スタンド攻撃のようでもある(ネタバレになるので詳細は控える)。
『バービー』
2023年/アメリカ/114分
監督 グレタ・ガーウィグ
配給 ワーナー・ブラザース映画
出演者 マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリングなど
完璧で夢のような毎日が続く、ピンク色に彩られた世界「バービーランド」。そこに暮らす住民は、皆が「バービー」であり、皆が「ケン」と呼ばれる。毎夜繰り広げられるパーティ、ドライブ、サーフィン……だがある日、バービーの体に異変が起こる。その原因を解き明かすため、彼女はケンと一緒に人間の世界に旅に出ることとなった。
・『バービー』デジタル配信中
・ブルーレイ&DVD発売元/販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
・権利元:ワーナー ブラザース ジャパン合同会社
→続きは本誌で(看護2025年8月号)