「People-Centered Care(PCC)」とは、市民が主体となり保健医療専門職とパートナーを組み、個人や地域社会における健康課題の改善に取り組むことです。本連載では聖路加国際大学のPCC 事業の中で経験した「個人や地域社会における健康課題の改善」を紹介します。
射場 典子 ● いば のりこ
聖路加国際大学
PCC開発・地域連携センター
看護情報学 准教授
「つながる暮らしの談話室:佃の渡しサロン」
地域の高齢者が自分らしく生きる力を育むナラティブ・コミュニティ
「るかなび」で蒔かれた種
「佃の渡しサロン」(以下:サロン)は、本連載第1回・第2回(2025年1・2月号)で紹介した「聖路加健康ナビスポット:るかなび」で活動していた7名のメンバー(市民ボランティア、看護師・保健師、歯科衛生士、司書)が中心となって立ち上げた地域サロンです。同じ中央区内ではありますが、大学の外で活動しています。
「るかなび」が始まったとき、一緒に活動して
いた市民は地元の人ばかりではありませんでした。ボランティアとして活動するために、遠方から通われる人も多かったようです。私たちは、そういった人たちが、一緒に活動する中で主体的に健康生活を築いていくためのヘルスリテラシーを身につけ、自分たちの持ち味を生かしてピープルセンタードケア(以下:PCC)の担い手として、いつか地元や新たな場へと巣立ち、PCCが広がっていってほしいと願っていたのです。それが実現したのはPCCが提唱され、「るかなび」が始まってから約10年後の2015年のことでした。
佃の渡しサロンがめざすところ
立ち上げメンバーに専門職はいましたが、これまでの「るかなび」の活動で学んできた「餅は餅屋モデル*1」や「垣根モデル*2」1)に基づき、パートナーシップを大切に協働することを心がけてきました。専門職も住民・当事者としての顔を持ちます。専門職主導ではなく、専門職も含めた参加者それぞれが強みを生かして、健康や介護のこと、日ごろの気がかり、暮らしの工夫など、お互いに経験や知恵を語り合っていくナラティブ・コミュニティをめざしました。
ナラティブ・コミュニティとは、一人ひとりのナラティブ(語り・ものがたり)を互いに大切にし、他者と語り合える集まり・共同体です。人は語ることによって、経験したことの意味づけを行います。また、他者の語りを聴くことで、自分の人生や価値観を振り返り新たな発見をすることがあります。地域に暮らしている高齢者が人生や病いの経験、今の暮らし、日常について語り合うことは、情報の共有だけでなく、言葉にされず埋もれてきた自分の価値観や大切にしたいことを表出し整理する機会につながると考えました。
会の名称は、立ち上げメンバーだった市民ボランティアの発案です。開催地区の町名「佃(つくだ)」を、「つながるくらしのだんわしつ」と読み解き、かつて人々の往来を支えた「佃の渡し」に、来世へのよい橋渡しができるようにとの意味も込めました。当初は常設の居場所づくりをめざしましたが、バリアフリーで多くの人が集まれる固定の場所を探すのは難しく、自治体の高齢者用センターを借りて月1回のサロン活動を始めました。
*1
市民と専門職は、それぞれの領分(高い塀)を持っている。塀を取り払ってズカズカと入り込めるようにするのではない。生垣に変えて、常に刈り込んで低くしておけば、垣根をはさんで話ができ、時にはまたいでいける。垣根を刈り込む努力を続けることで、互いの姿が見え、声が聞こえ、手を組むことで、相互理解と相互信頼が得られる。互いを尊重し、パートナー同士の対等な立場でいられる
*2
垣根の内側には役割を持っている人がいて意味がある。役割は専門職だけではなく、目的に向かって集まったすべての人々が持つ。それぞれの人が持っている情報や経験、能力(餅)は特異であり、その力を目的に合わせて発揮することが大切。役割が特異的であるからこそ、その人に任せることが重要。「あなた(私)の餅は何か」を常に問いかけ、餅は餅屋に任せる。その信頼に応えて役割を果たす
→続きは本誌で(コミュニティケア2025年10月号)