病棟から精神科訪問看護に飛び込んだこころさんが、看護大学で働くカワウソ先生との対話を通して在宅の精神科看護を学び、成長していく物語です。
川下 貴士 ●かわしも たかし
松蔭大学看護学部看護学科精神看護学 助教
小野坂 益成 ●おのざか ますなり
松蔭大学看護学部看護学科精神看護学 講師
第14回 近いからこそ必要な客観性
前回のあらすじ
こころさんはカワウソ先生に、精神科訪問看護の道に入ったいきさつや、現場での経験で忘れられないエピソードを聞きました。先生の話から、精神科訪問看護で重要な視点を得ることができました。
こころ カピバラ先生、お久しぶりです!
カピバラ ああ、こころさん、久しぶり! カワウソ先生はいないよ。
こころ そうなんですね。でも、今日はカピバラ先生に会いに来たので、大丈夫です!
カピバラ えっ……いつもカワウソ先生に相談されているので、びっくり。どうかしたの?
こころ はい。少し前にカワウソ先生に最近の出来事を話す機会があったんですけど、カピバラ先生にも話したいことがあって、来ちゃいました!
カピバラ そういうことか。こころさんも精神科訪問看護を始めてから2年目になったしね。もう慣れたかな?
こころ はい、最近は順調です! 利用者さんともだいぶ信頼関係を築けるようになってきたと思います。ただ、かかわる期間が長くなるにつれて、私が感情移入をするようになって……、「これでいいのかな」とも思うんです……。
距離が近くなり過ぎるのはダメなこと?
カピバラ なるほど、それはいいことだよ!
こころ これでいいんですか? 看護師として、感情移入はマイナス要素になるんじゃないですか?
カピバラ うーん。それは、利用者さんとの「距離が近くなり過ぎてしまう」という状況を言ってるのかな?
こころ そうです。利用者さんのお宅にうかがうと、家の中の様子や家庭環境を知って、家族と会うことにもなるし。どうしても、かかわりが深くなっちゃう部分があるっていうか……。
カピバラ そうだね。でもそれは、よい悩みだと思けどね。①
POINT①
専門書などを読むことと現場の体験とでは、得られる理解や気づきにギャップがあるものです。しかし、そのギャップについて考えることが、理解をさらに深める機会になります
こころ どういうことですか?? 先生、意地が悪いですよ……。
カピバラ こころさんが不安に感じた距離感の深まりは、相手との信頼関係がしっかり築かれたことの証だと思うんだよ。お互いのパーソナルスペース(他人に近づかれると不快感が生じる空間)の良好な変化は、信頼感や安心感が育まれている結果だとも言えるしね。
こころ そうかもしれませんが、親密過ぎるのはダメだと思うんです。
カピバラ どうして、そう思うの?
こころ 利用者に巻き込まれてしまって、客観的に見られなくなるからです。
カピバラ でも、今は客観的に利用者との関係を振り返れていると思うけど。
こころ それはそうですけど……カピバラ先生と話していると、なんだか悩んでいることがばからしくなっちゃいます(笑)。
カピバラ ごめん、ごめん。感情移入がひたすら悪いことのように話すものだから……。確かにこころさんが言ったように、客観的に見ることができなくなってしまうと、治療を妨げるように働く可能性があるよ。でも、感情移入それ自体は悪いことじゃなくて、人とかかわる中ではむしろ普通のことなんだ。利用者さんは、こころさんの感情の動きを見て、関係性の持ち方や感情表現を養っていくこともあるからね。
こころ 看護師も「ケアの道具の一つ」ということですか。
カピバラ そう。学生時代にも伝えたけど、医療者と利用者との関係性って、それ自体がケアのあり方の一つになるんだよ。
こころ そう言えば、学生時代にも先生から聞きましたね。じゃあ、安心して感情移入していいんですね!
カピバラ そうだね。ただ、注意しないといけないのは、感情移入をし過ぎると、相手の問題を自分の問題として抱え込んでしまいやすいということ。それと、医療者は友人や家族じゃないんだ。あたかもそのように接することがあったとしてもね。だから常に、「専門職としての客観性」が必要なんだよ。
こころ 頭がこんがらがってきました……。
カピバラ 明確には表現しにくけれど、2つの視点を持つことが必要なんだと思う。「心は熱く、頭は冷静に」って言えばいいかな? あるいは、クールに徹するのではなく、感情移入をしつつも一線を意識するということかな。
こころ難しいですね。でも、何となくわかりました。
カピバラ それはよかった。
→続きは本誌で(コミュニティケア2025年10月号)