生きるということ

経験して初めて思い知る

生と死の深さ

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小池真理子[作家]

 

1952年東京生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年『妻の女友達』で日本推理作家協会賞、1995年『恋』で直木賞、1998年『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、2011年『無花果の森』で芸術選奨文部科学大臣賞、2013年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『神よ憐れみたまえ』、夫との死別を綴ったエッセイ集『月夜の森の梟』、『アナベル・リイ』などがある。

 

 

2009年に父を、2013年に母を、そして2020年に夫を見送り、昨年は愛猫を看取った。友人や作家仲間との別れも相次ぎ、この十年あまりは喪失の連続だった。

 

加えて、考えてもみなかった疫病が蔓延し、会いたい人と自由に会えなくなった。私ほどの年齢になると、残り時間はそう長くはないので、会えないままサヨナラなのか、と思うことも少なくない。有名な漢詩を「サヨナラダケガ人生ダ」と意訳したのは、井伏鱒二という作家だが、本当にその通りだと思う。

 

同世代の友人と会えば、互いにそこはかとない不安を打ち明け合うことが多くなった。死や老い、病に対する不安……それら未知のものに向けた、曰く言い難い、底知れない恐怖と寂しさ……。

 

深刻に語るのではなく、笑い話にすることが多いのだが、それでもそれらはすべて本音なのだ。深刻に語るのはみっともない、という自意識が働いて笑い話に代えているだけなのだ。

 

若いころには想像もしなかった心象風景と直面せざるを得ない日々が、誰にでも訪れる。経験してみて初めて、生と死の深さを思い知るのである。

 

→続きは本誌で(コミュニティケア2023年4月号)