基礎から学ぶ! 事例でわかる! 訪問看護ステーションの事業承継(11)

経営者の高齢化等により注目されている事業承継。成功させるにはいくつかのポイントがあります。本連載では、事業承継とは何か、事業承継の流れ・留意点などの基礎知識を解説し、実際の支援事例を紹介します。

 

 

 

事例から学ぶ事業承継
①失敗事例

 

坪田 康佑

つぼた こうすけ

訪問看護ステーション事業承継検討委員会

一般社団法人医療振興会 代表理事

看護師/国会議員政策担当秘書

 

 

私たちは通常、成功事例に目を向けがちですが、失敗から学べることも多くあります。今回は、地域に根差したケアを提供するため真摯に取り組んできたにもかかわらず、事業承継で失敗し倒産してしまった訪問看護ステーションの事例を取り上げます。そこから、承継の成功に向けた計画や準備、経営者としての資質の重要性など、学ぶべき教訓を浮き彫りにします。

 

大切な理念を託した事業承継

 

それは、筆者が事業承継の支援を行った最初の案件でした。承継元であるAさんが経営するステーションは、リハビリテーションや自費による外出支援など、地域に不足しているサービスを積極的に提供し、高齢者が安心して暮らせる環境を構築してきました。利用者はもちろん、地域社会への貢献を最優先にするAさんでしたが、自身の健康問題から、やむなく事業承継をすることになりました。治療に専念するため、そして愛する事業を継続させるための苦渋の決断でした。

 

承継先を決める上で、Aさんが最も重視したのは、自身の事業に対する想いや理念を大切にしてくれる経営者に託すことでした。後継者として選ばれたBさんは、医療的ケア児の支援に情熱を傾けている看護師であり、今回の事業承継においても準備の段階から今後への夢で満ちあふれていました。

 

筆者の特別な思い

 

Aさんは、筆者と付き合いの長い看護師仲間で、筆者自身が事業承継する際にも相談に乗ってくれた人物の1人です。同様に、Bさんもまた筆者が古くから知る看護師仲間でした。そのため、筆者にとってこの事業承継は特別な意味がありました。

 

AさんとBさんは、これまで互いに面識はありませんでしたが、どちらも以前から筆者と深い絆で結ばれていました。Bさんが医療的ケア児のために独立された際には、心を込めてお祝いを贈り、またAさんから体調悪化の知らせを聞いた夜は、悲しみのあまり涙を流しました。2人に対し深い思いを寄せていた筆者は、今回のかかわりの1つひとつに心を込め、それぞれの未来のために尽力したいという強い意志を抱いていました。

 

筆者は、この事業承継では、仕事として契約書を交わすことなくボランティアとして支援し、二人が完全に意気投合できるまで、何度も打ち合わせをセッティングしました。互いに心から信頼し合えるようになるための橋渡し役を務めたのです。例えばお金に関するデリケートな話題であれば、事前に双方の立場を整理しスムーズに話し合えるように心配りをしました。そうして互いに信頼関係が結ばれ、Aさんは上場企業からのオファーもあったにもかかわらず、Bさんへの事業承継を決めたのです。

 

Bさんに対する支援は、事業承継の契約以前から始まっていました。承継後、スムーズに運営を継続できるよう、Aさんの下で働くスタッフと顔合わせする機会を設けたり、資金繰りに困っていたBさんのため、筆者の会社で世話になっていた地方銀行の支店長を紹介し、事業計画書の作成から融資の申請までをサポートしました。そのおかげで、この銀行から資金調達は驚くほど迅速に行われ、Bさんに必要な資金が提供されました。さらに筆者は、Aさんと交渉して事業承継金の支払いを分割にすることができました。これらの努力はすべて、2人が未来に向けて最良のスタートを切れるようにするためのものでした。

 

これは単なるビジネスの話ではなく、深い人間関係に育まれた信頼と、ともに働いた仲間たちの未来を思う行動が結びついて実現した物語でした。このようにして、Aさんの訪問看護ステーションは事業承継という形で新たな章を迎えることができたのです。

 

空回りしたBさんの熱意

 

Bさんは、事業の行く末を憂うAさんの救世主であることを自負し、計り知れないほどの熱意を持って新たなスタートを切りました。しかし、そうした気持ちばかりが先行したせいか、スタッフとの間で意見が食い違う場面が続出しました。

 

例えば、事業承継に不安を感じたスタッフが立替清算や昇給のことを質問しても、Bさんには明確な回答ができませんでした。ステーションの経営経験がないBさんは、昇給についてどう考えればよいのか戸惑っていたようです。不安な表情を隠さず「今度答えるから」と返答を先送りにし、スタッフを大切にしていない印象を与えていました。また、利用者に関する相談があっても、「それは今まで(その人のことを)見ていたあなたのほうが詳しいでしょ?」と返すなど、組織のリーダーとして適切な傾聴やサポートも行っていませんでした。

 

その結果、スタッフらは「無責任な経営者が突然現れた」と感じるようになり、そのような態度を察したBさんも「自分を受け入れてもらえない」という思いを抱えてしまい、互いに丁寧なコミュニケーションを交わすことができなくなりました。

 

さらによくないことに、Bさんは経営者として組織にどのようなビジョンやルール、カルチャーを築きたいのかを明確にすることなく、スタッフからの質問には場当たり的に回答するなど、一貫性のない姿勢を示しました。こうした対応によってさまざまな課題が先送りとなり、スタッフと真摯に向き合えなくなっていました。また組織運営では、経営方針を策定し、それを基にスタッフの意見を聞きながらともに方向性を模索する必要があったにもかかわらず、これらがいつも後手に回っていました。

 

続きは本誌で(コミュニティケア2024年5月号