ナッジとは、人の心理特性に沿って望ましい行動へと促す設計のこと。ゲストスピーカー・医療職のタマゴたちとともに、看護・介護に役立つヒントを示します。
対象者を細分化する・相手に聞く
竹林 正樹
たけばやし まさき
青森大学 客員教授/行動経済学研究者
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医療職のタマゴたちが交代でナッジを学びます。
金田 侑大さん
城戸 初音さん
難波 美羅さん
対象者を細分化して情報を提供する
竹林 前回*1、前々回*2と、溝田友里先生(静岡社会健康医学大学院大学)から、ソーシャルマーケティングを組み合わせたがん検診受診や予防行動促進の実践的なお話をうかがいました。難波さんはどう感じましたか?
難波 大学でソーシャルマーケティングを学びましたが、正直、具体的なイメージがわきませんでした。でも、溝田先生から「問題の対象を細分化し、ターゲットに合ったアプローチを実施する手法」と教えていただいたおかげで、よくわかりました。
竹林 私たちは「誰一人取り残さない」と願うあまり、対象の全員をターゲットにする手法を使いたくなることが多いのです。例えば、がん検診の受診促進に関するチラシをつくるとき、全員をターゲットにしようとすると、「検診のことをよく知らないから受けない」「検診に批判的な意見を持っているから受けない」という人へのメッセージも入れることになりますね。しかし、こういった人たちは実は少数派で、さらにチラシを送られてもあまり読まない人が多いのです。数字で考えてみましょう。難波さんの地域では、がん検診に対して無関心な人は何割くらいいると思いますか?
難波 多くても2割くらいでしょうか。
竹林 では、その人たちのうち、送られてきたチラシを最後まで読む人は何割くらいいるでしょうか?
難波 1割くらいだと思います。
竹林 そうすると、「がん検診に無関心で、検診チラシを最後まで読む人」は、全体の2%(0.2×0.1=0.02)に過ぎないという計算になります。
難波 そんなに少ないんですね! ターゲットを絞らず、2%の人たちに向けたメッセージをたくさん書いてしまうと、大多数の人たちにとっては、「こんな当たり前のことは知っている」と思われるチラシになりそうですね。
竹林 多くの人は検診に無関心だから未受診なのではなく、関心はあるけれどもさまざまな認知バイアスの影響で受診に至らない人たちなのです。例えば、現在バイアス*3は「申し込み手続きが面倒」、楽観性バイアス*4は「自分はがんにならない」と考えやすくなります。
難波 そのような人たちに「がんの早期発見は大切なので検診を受けましょう」と杓子定規なメッセージを送っても、なかなか響かないですよね……。それよりも、認知バイアスに応じて別々のメッセージを設計したほうが、高い効果が期待できそうですね。
竹林 このように、ターゲットのニーズに合ったアプローチを行うのがソーシャルマーケティングの基本的な考え方です。ソーシャルマーケティングは、相手のニーズをくみとり相手に寄り添うケアの考え方にも通じています。