臨床倫理とは、医療者が患者固有の人生に関心を持ち、その人にとっての“最善”を考えること

 

「倫理」と聞くと“難解なもの、敬遠したいもの”と感じる人も多いようですが、医療者は日々のケアの中で倫理的問題に対応しています。「患者さんにとって少しでもよい道を見いだそう」と努力していく中で、さまざまな困難な問題にぶつかり、どうしたらよいかと迷うこともあるでしょう。

医療者はどのように患者を尊重し、その人らしい生き方ができるようにサポートしていけばよいのでしょうか。

 

弊社刊『臨床倫理ベーシックレッスン』は、臨床現場でよく遭遇する身近な事例について、皆で考え、迷った記録です。

 

■ 『臨床倫理ベーシックレッスン』はこうして生まれました!


本書の元になったのは、東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センターの清水哲郎教授が主宰する臨床倫理プロジェクトの一環として行っている臨床倫理事例検討会です。この検討会は、最初に清水先生が臨床倫理の考え方と検討の仕方について講義を行い、その後、参加者が事例検討をして、最後に北海道医療大学の石垣靖子先生がまとめの話をする、という内容構成になっています。

 

哲学者・死生学者である清水先生と、臨床現場で長年ホスピス・緩和ケアに携わってこられた石垣先生という、一見異色とも思える組み合わせですが、お二人が出会ったのは1986年ということですから、20数年のお付き合いということになります。石垣先生が看護部長になられたばかりの東札幌病院に、清水先生が患者の家族として訪れたのが最初の出会いだそうです。

 

石垣先生の依頼を受け、清水先生は1988年から東札幌病院の院内勉強会で医療の哲学や倫理に関するテーマで話をされるようになりました。これがやがて、多施設・多職種医療スタッフが集まって行う臨床倫理事例検討会へと発展し、現在まで続いています。

 

■ 患者さんの物語られるいのち、固有の人生を尊重する


医療現場における意思決定のプロセスは、

これまでは、

①医療者が患者に現状と治療の可能性を説明し、

②患者が医師の勧める医療方針について同意する

という「説明-同意モデル」でしたが、

これからは、

医療者が患者・家族にエビデンスに基づいた医学情報中心の(biologicalな)説明を行い、これに加えて、

患者側の人生の事情や考え、気持ちを聞いて、最終的に患者・家族と医療者の双方が合意し、意思決定・選択をしていく情報共有-合意モデル」へと変わっていくべきだ、

というのが清水先生の考え方です。

 

つまり、「情報共有-合意モデル」の②で医療者が患者・家族から得る情報は、患者・家族個別の事情や価値観を含んだ“物語られる(biographicalな)いのち”であり、医療上の決定は単に医学的情報だけでなく、患者側の人生のこうした情報も兼ね合わせた上で決めていくべきだということです。

 

石垣先生は、「生物学的な側面だけではなく、その人しか生きられない固有の人生を尊重する治療のあり方を大事にするプロセスが臨床に定着するとよいと思います。医療者はとかく生物学的な側面のQOLに傾きがちですが、その人の物語られるいのち(人生)をどれだけ尊重できるかが倫理的なのです。そこでは、看護師の役割がとても重要になってきます。患者さんの物語られるいのちに耳を傾けると、その人と看護師との間につながりができます。患者さんにとっては誰かとつながっているという感覚は、大きな安心感をもたらします。そして、看護師にとっても相手の人生に触れることは、心が動くことになりますし、心が動くと次の行動につながるものなのです」と述べています。

 

■ 臨床倫理検討シートを使って事例検討を行うことの利点


清水先生と石垣先生の臨床倫理事例検討会では、清水先生が開発された「臨床倫理検討シート」をツールとして使用しています。ツール使用の利点として、倫理検討に必要な事項が含まれているので、事例発表者により話し合いの方向が異ならないこと、医療スタッフの倫理的感性を育てることができること等が挙げられています。

 

臨床倫理のツールと言えば、Jonsenらの4分割法を使用している施設が多いと思いますが、清水先生開発の臨床倫理検討シートは、4分割法と比べてシートの枚数も書き込む欄もはるかに多く、事例発表者にとっては記入するのにかなりの時間と労力を要すると思います。しかし、何をどのように書いたらよいかと迷い、「あの時はどうだったのだろう」と何度も思い返し、「ああすればよかった」「こういうこともできたのに」などと考えを反芻していく行為こそが倫理的感性を養う訓練になるのでしょう。

 

事例発表者(だけ)がシートを完成させることが目的なのではなく、検討会で事例を検討していく中で参加者から出てきた意見をシートに書き加えていき、最終的に皆の共通の物語にしていけばよいのだと、清水先生は言っています。

『臨床倫理ベーシックレッスン』には、シートの記入方法の詳細な説明と、6事例それぞれのシートの記入例が掲載されているので、ぜひ参考にしてください。

 

なお、臨床倫理検討シートは、清水先生が主宰する臨床倫理検討システム開発プロジェクトのウェブサイトからダウンロードできます。

 

 

-「看護」2012年9月号「SPECIAL BOOK GUIDE」より –

 

 

『臨床床倫理ベーシックレッスン』の詳細