押さえておきたいワンテーマ

医療、看護、介護、福祉に関連したテーマを各回1テーマずつ取り上げていきます。

 

医療メディエーションと重篤な患者およびその家族等に対する支援

 

和田 仁孝

早稲田大学法学学術院教授
日本医療メディエーター協会
代表理事

 

 

 

1979年京都大学法学部卒業。1981年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。1982年からハーバード・ロー・スクール客員研究員。1987年から京都大学法学部助手。1988年から九州大学法学部助教授。1991年法学博士(京都大学)。1992年からスタンフォード大学人類学科客員研究員。1996年から九州大学法学部教授。2004年から現職。

 

 

医療現場におけるコミュニケーションの難しさ

 

医療のさまざまな場面で、患者と医療者のコミュニケーションには、誤解やゆがみが生じがちです。
理由の第1は、日常の対話と違って、患者は病気をめぐって不安を抱え、感情的に混乱しがちであるということです。こうした状況では、対話は単なる言葉のやり取りではなく、感情のケアがその前提として重要になってきます。感情的ケアを欠くと、丁寧に説明しているつもりでも、患者に受け入れられずトラブルに至ることさえあります。「こんなにわかりやすく丁寧に説明しているのに……」と感じる場合は、前提としての感情の受け止めが不足しているかもしれません。


また、第2の理由として、感情的に混乱しているときには、語られる言葉と、本当のニーズや思いがずれていることがあります。「あの看護師はクビにしろ」と感情的に患者が言っているとき、本当に看護師をクビにすることがその人のニーズなのでしょうか。実は、「患者であっても尊重してほしかった」「すぐに処置をしてほしかった」などのニーズが満たされなかったことが問題で、「看護師をクビにする」ことが本当の目的ではないというような場合です。医療現場の対話場面では、表面の言葉に隠れた深い思いを読み取っていくことが必要といえます。

第3の理由は、患者と医療者では、現実を見る枠組みそのものが違っていることが挙げられます。例えば、「ヘパリンと間違えインスリンを投与してしまいました」という言葉を例にとりましょう。看護師がこの言葉を聞けば、瞬時に、この患者にどのような症状が生じているか、どのような対応が必要か、がわかります。しかし、患者は、これを聞いても、「薬を間違えたんだ」という以上のことは何もわかりません。これは、医学的な勉強をして前提知識を持っている医療者の場合、この知識枠組み(認知フレームと言います)から理解するのに対し、患者はそうした認知フレームを持たないため、言葉通りに理解することしかできないからです。この認知フレームの違いが、しばしば「説明したつもり」でも、「患者はわかっていない」という状況を引き起こすのです。

 

→続きは本誌で(看護2023年9月号)