近代看護管理の優れた実践者として高く評価されているフローレンス・ナイチンゲールと、『もしドラ★1』でおなじみの経営学者ピーター・ドラッカー。ナイチンゲールとドラッカーは世代的には重なりませんが、組織についての考え方、医療の在り方、管理者の役割などで共通した考え方をしていました。もし2人が現代社会に現れ、対談したら、何を話すでしょうか?
■21世紀の成長分野は“非営利組織”
マネジメントという分野を体系化し、“マネジメントの父”と言われるピーター・ドラッカーは、「20世紀の成長分野は、非営利の政府、自由業、医療、教育だった。この100年間、少なくとも第一次世界大戦以降、経済は、雇用主としても、生計の資としても、その地位を低下させてきた。〈中略〉21世紀の成長分野は非営利組織である」と述べています1)。
産業革命以後、アメリカは物質的な豊かさやを求め、便利さ、合理性を追求し、医療を市場原理で行ってきました。日本でも医療費は高騰を続けており、医療制度の見直しが行われています。ナイチンゲールと交流のあったジョン・スチュアート・ミル★2は、「功利主義だけでは富を考えることはできない。質的な豊かさが大切である」と主張しました。医療と市場原理について考える際は、アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ★3に基づき、真の豊かさとは何か、非営利的である本来の医療の在り方はどうあるべきかを再考することが必要でしょう。
■専門職(ナレッジテクノロジスト=知識労働者/技術者)のモチベーションを高めるには
フレデリック・ハーツバーグは著書『作業動機の心理学』の中で、仕事の動機づけには2要因(「動機づけ要因」と「衛生要因」)があるとし★4、「衛生要因」の充足にすぎない“金銭的な報酬”ではモチベーションを継続させることはできない、と述べています。
では、仕事の動機づけには何が必要なのでしょうか。ドラッカーは、(専門職である)ナレッジテクノロジストを動機づけすることは、仕事をマーケティングすることを意味すると言います1)。仕事をマーケティングするとはつまり、ナレッジテクノロジストである部下に挑戦できる機会を与えること、やりたい仕事を与える、ということです。
■管理者(上司)の役割
管理者が行うべきことは、部下を管理することでなく、部下の仕事に関心を寄せ、部下が何を望んでいるかを知り、1人ひとりの強みと知識を生産的な成果につなげていくことです。看護の現場においては、これからの看護管理者はすべての看護職をナレッジテクノロジストととらえ、自身(上司)とスタッフナース(部下)がフラットに意見を言い合い、議論できる場を設け、パートナーシップを発揮できるようにすることを最大の目的とします。そして、何か問題が生じたときは、自身(上司)が責任を負います。フラットな組織のリーダーシップは、部下がやりたいことができるようにその気にさせること、部下が上下関係を気にせずに、心理的安全性が担保されている職場を整えることが重要になるのです。
■変化は常に“非顧客”の世界で始まる
ドラッカーは、「企業、大学、非営利組織などでは、非顧客(ノンカスタマー)が顧客以上に重要になった」と述べています1)。病院にとっての主な顧客は患者ですが、例えば病院に出入りしている医療職以外の様々な業種の人たちは非顧客といえます。ある病院の看護師が、病院に乗り入れているバスで毎日通勤していたとします。混雑時には常にお年寄りに席を譲っている彼女の様子をバスの運転手はいつも見ていて、その看護師に好感をもち、自分や家族が病気になったときにはその病院を受診しようと思いました。そして同僚にもその話を広め、そのうち病院の評判が高まっていき……というように、何気ない行為が想定していないことにつながり、いろいろな場面に影響していく可能性があるのです。このような表面的には見えていないモノの価値に気づいた企業、大学、非営利組織などは、非顧客に対する価値創造プロセスへと戦略をシフトしています。
ドラッカーは、「見えているモノ(顧客)以上に、見えていないモノ(非顧客)が重要であり、変化は常に非顧客の世界で始まる」と説いています。また、自ら変革の担い手(チェンジ・リーダー)になり、常に変化を目的にすることが必要だと述べています1)。さらに、「変化を無視し、明日も昨日と同じであるかのようなふりをしても無駄だ。〈中略〉成功への道は、自らの手で未来をつくることによってのみ開ける」とも言っています2)。
ナイチンゲールも「昨日と同じことをしていることは停滞でしかない」とし、変化を恐れず、常に変わりゆく時代に対応していくべきと記しています。
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ナイチンゲールとドラッカー。もし2人が現代社会に現れ、対談したら、どんなことを話すでしょうか?「医療は平等であり、何人にも公平に提供されるべきである」「上司は部下の仕事に関心を寄せ、スタッフがやりたいことができるように整える」「人類すべてが顧客である」「常に変化を目的にすることで未来が開ける」と語り合うのではないでしょうか。
見えない感染症の流行や非人道的な行為が繰り返される現代。時代は常に変化し、個人の価値観や文化も変わっていきますが、そのような中で私たちはどう生きていくべきかのヒントを、ナイチンゲールやドラッカーが教えてくれているような気がします。
本稿は『ナイチンゲールのマネジメント考 組織管理者としての責任』の1稿、「X看護を支配するもの─ナイチンゲール(N)+ドラッカー(P)]×マネジメント(M)=未来 NPM=X」(餅田敬司 著)から抜粋し、一部改変して作成した。
★1 岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(2009)
★2 イギリス19世紀を代表する哲学者、経済学者、政治学者、社会批評家。徹底して個人の自由を尊重した
★3 ケイパビリティ・アプローチとは、国の豊かさは経済的な富裕度では評価できず、どのくらい国民が自由を享受できる社会や生き方を追求できるか、その可能性が開かれているかを指標に評価するべきであり、ケイパビリティ(潜在能力=教養や知識など)の拡大が社会の真の発展・豊かさにつながる、というインドの経済学者、哲学者アマルティア・センの理論
★4 心理学者ハーツバーグは論文「モチベーションとは何か?」(1959)において、人事労務管理に必要な要素を「動機づけ要因」と「衛生要因」に分けて考えるべきとする二要因理論を提唱した
引用文献
1)P. F. ドラッカー:明日を支配するもの─21世紀のマネジメント革命,(上田惇生 訳),ダイヤモンド社,1999.
2)P. F. ドラッカー:マネジメント─基本と原則[エッセンシャル版],(上田惇生 訳),ダイヤモンド社,2001.
『ナイチンゲールのマネジメント考
組織管理者としての責任』
井部俊子、伊藤收、和住淑子、
高橋美紀、関山伸男、湯原淳平、
餅田敬司、高橋美智 著
●A5判128ページ
●定価1,980円
(本体1,800円+税10%)
ISBN 978-4-8180-2531-8
日本看護協会出版会
(TEL:0436-23-3271)