病院・病棟で進めるシミュレーション教育

阿部幸恵

阿部 幸恵さん
(あべ・ゆきえ)
東京医科大学病院シミュレーションセンター
センター長・教授
防衛医科大学高等看護学院卒業。臨床経験を経て、1997年から9年間は大学・大学院に在籍し、小学校教員免許、児童学博士を取得。2006年から全医療者・医療系学生対象のシミュレーション教育に携わる。2011年琉球大学医学部附属病院地域教育開発講座准教授、2012年より同講座教授および、おきなわクリニカルシミュレーションセンター副センター長を務める。2014年より現職

 

 

シミュレーションシナリオ集

いま、大きな注目を集める看護シミュレーション教育。書籍『1年で育つ! 新人&先輩ナースのための シミュレーション・シナリオ集』では、1年で新人や先輩が育つことをイメージし、病院・病棟の春夏秋冬、時期に合わせた課題を各巻5本取り上げます。
今回、その第1弾となる『春編』を刊行した、看護シミュレーション教育の第一人者である著者の阿部幸恵先生に、この教育を取り入れる利点や注意点などについてうかがいました。

 

 

■現場で求められるシミュレーション教育とは

 

シミュレーション教育は「手技の練習」や、「BLSなどの救命トレーニング」としてイメージされがちですが、本当はイメージトレーニングも含むもっと広い概念です。
臨床を頭の中で描き、「どう動こう?」というのもシミュレーションです。ですから「今日はどの患者さんから検温する?」と、新人とただ語ることも、それはシミュレーション教育の一端といえます。

 

かつて、申し送りではすべての先輩が聞いていて、知識や手順を突っ込まれ、後のカンファレンスでも問題点をみんなで語り合い……という時代は、思考のシミュレーションがそこででき上がってからベッドサイドに行くことができました。それが今、ウオーキングやベッドサイドで、できるだけ短く申し送るようになり、患者さんを引き継ぐときのイメージや知識・動きの確認が乏しくなっています。本当はもっと頭の中でシミュレートする必要があっても、医療が高度になってやることが増え、人員不足で時間もなく、早く業務をこなさなければ現場がまわっていかない現実があります。

 

業務というのは患者さんを中心に組み立てられ、完璧にこなせば患者さんがよい医療を受けられる構図になっています。ですが、そのつながりがわからず「自分は点滴をつくればいい」「清拭にまわればいい」などと、分断された部分しか見えなくなってくると、結局は、自分のやっていることが少し小さかったり、または大きすぎたりしたときに、業務・医療のバランスが崩れ、質が落ちてしまいます。そこで一歩引いて全体をみること、「業務がまわせているか」ではなく、「そこに看護が積み上がっているか」という視点で、新人はもちろん、先輩は先輩なりに、スキル・態度・向学心など、今、植えつけなければいけない“何か”を意図的に取り入れ、シミュレーション教育を行うことが必要だと思っています。

 

 

■新人の変化に合わせた教育の必要性

 

現場以外でも、新人の背景は変化しています。例えば、ある用件を友人にメールすると、それはすでに自分の中で解決済みとなり、「早く返事来ないかな」くらいにしか思わなくなり、その後、その友人に会っても用件には触れない新人が普通にいます。メールはメール、直接会ったときはその時と、あまりにも分断していて「あの時、一言いっておいてくれれば」という事態も多いのです。メールやLINEなどのツールは増えても、その分、「今、何をこの人に伝えなければいけないか」の思考部分が弱まっているといえます。

 

だからといって、動いている現場で「今あなたは何を言うべきか」なんてトレーニングするのは無理ですが、シミュレーションでは、「今、この人に何を言えば業務がスムーズに進むか」「どう聞いたら患者さんの情報をより正確につかめるのか」「これは今言おう、これは後で」などと複合して考える力を強化するようなトレーニングもできます。

 

ある新人が患者さんの自宅に「オムツを持ってきてください」と電話しました。その後、先輩が「電話してくれた?」と聞くと、「はい、しました」と新人は答えます。先輩「誰に伝えてくれたの?」、新人「電話に出た人です」、先輩「……いつ持ってきてくれるって?」、新人「聞いていません」

 

つまり、いつも本人が携帯電話に「はーい」と出ている今の新人は、誰かに公式に電話をすることも学んでいません。現場で家族に連絡するのは新人ではなくリーダーナースだと思いますが、シミュレーションでは1年目のナースでもそのトレーニングができます。他の部署からの電話を師長にまわすなど、臨床の“本当にちょっとしたこと”で、でも円滑にできれば仕事がもっとスムーズにいったり、人間関係やチームワークがうまくいく部分に焦点を当ててできるのもシミュレーション教育の利点です。

 

ですから「自分の病棟では急変はないのでやらない」ではなく、病棟の看護の質を上げるにはどんなところをシミュレーションという形でトレーニングしたらよいのかを考え、「新人が臨床に立つ前に、こんなこともさせたいね」という視点で取り込むのが望ましいでしょう。

 

 

■注意したい落とし穴

 

一番気をつけたいのは「シミュレーション教育は学習者を評価したり、質問攻めにする場ではない」ということです。いっぱい失敗してよいのです。指導者の役割は失敗をチェックすることではなく、今やったシミュレーションから、もっとうまくなるには、もっとよく患者さんとかかわるにはどうしたらよかったのか、どういう知識・態度がよかったのかと、みんなで知恵を出し合って一番よいパフォーマンスができるように仕上げていくことです。

 

知識も態度も技術も学べ、何より病棟で「先輩はこういう看護をしているんだ」「こう考えるんだ」と後輩が知るよいチャンスにもなります。先輩にしても、新人に言えない・教えられないような状況では、伸びることができません。「後輩に説明してやろう」と、ちょっと隠れて調べて「よし言ってやろう!」みたいなこともあると思うのですよね(笑)。

 

けれども今、そのような時間は少なくなっています。休憩室でも全員がスマートフォンに向かっていたり……。そんな中、あえて意図的にオフ・ザ・ジョブでトレーニングする、先輩と後輩がかかわる場所をつくっていくには、シミュレーション教育はとてもよい機会です。学ぶ側も指導する側も、共にひとまわり大きくなることができるでしょう。

 

このたび刊行した本書で、これらの学びを得ることができます。ぜひ、ご活用ください!

 

-「看護」2014年6月号「SPECIAL INTERVIEW」より –

 

1年で育つ! 新人&先輩ナースのための シミュレーション・シナリオ集 春編