病気や流産で赤ちゃんを亡くした家族を精神的に援助するための自助組織、NPO法人「SIDS家族の会」の広報担当理事・田上克男さんからの寄稿記事(p.155)の全文を、特別にご紹介します。
“赤ちゃんを亡くした遺族の声 ─ 医療者に伝えたいこと”
「SIDS家族の会」は、病気、または死産や流産で赤ちゃんを亡くした家族を精神的に援助するための自助組織である。ここでは、遺族の思いを挙げながら、医療者への願いを記す。
はじめに
医学が進歩しても、どうしても避けられない「死」がある。新生児や乳幼児についていえば、関係者たちの努力で乳幼児突然死症候群(Sudden Infant Death Syndrome:以下,SIDS)の発生は減少してきたが、病気・流産・死産などのさまざまな理由で、いまだにたくさんの赤ちゃんが亡くなっている。しかも、遺族にとってつらいことに、その死の多くは祝福のすぐ隣にある。
赤ちゃんを亡くした家族は、そうたやすく死を認めることはできない。遺族は「なぜ、私の赤ちゃんが死んだのか?」と疑問をもち、その「なぜ?」に対する、正しいわかりやすい答えを求めている。その答えを得ることは、遺族が赤ちゃんの死を認め、歩き始めるために必要な条件の一つである。
そのような遺族を精神的に支えることを主目的として、「SIDS家族の会」(以下、当会)は設立し、また、遺族自身の手で運営している自助組織である。
遺族の願い
遺族のほとんどが、赤ちゃんとの別れの時、あるいは別れのすぐ後に、医療者と接触する。その時、遺族は「助けてください」という言葉は発しないが、医療者に救いを求めている。医療者にとっても患者の死は残念なことに違いないが、仕方のないことであると理解できるだろう。だが、遺族は特に赤ちゃんを亡くして間もない時期は、赤ちゃんの死をなかなか認めることはできない。また、遺族は患者ではないため、医療の対象ではないのかもしれないが、救われたいと切に願っている。その願いは、医療者にどのように届き、そして受け止められているのだろうか。
私たちが今までに聞いた遺族の声に、次のようなものがある。 「子どもが亡くなった直後、上の子の時の主治医が来てくださり、『僕は残念でなりません』と言って泣いてくれました。あの涙はどれだけありがたかったか……。私は忘れません」
「未婚の若い看護師さんが、何と言って慰めたらよいのかわからなかったのでしょう。泣いている私に、ただ紅茶を入れてくれました。あの紅茶は本当に温かかった」
これらの言動は医療行為とは言えないかもしれないが、間違いなく遺族を癒している。そして遺族は、「もし、また赤ちゃんを産む時が来るとしたら、この先生に診てもらいたい。この助産師さんや看護師さんにお世話になりたい」と言う。
ところが反対に、立ち直れないほどの傷を負う人もいる。
「ここはおめでたい所なんだから、人目につく所でいつまでも泣かれては迷惑です。他の人のことも、少しは考えてください」 「運が悪かったね」
「(「赤ちゃんは苦しまずにすんだのでしょうか?」という問いに対して)感覚は最後まであったはずだから、苦しかったでしょう」
「若いんだから、早く次の子を生んで忘れなさい(遺族は赤ちゃんのことを忘れたいと思っていない)」
私たちは多くの遺族の話を聞いて、怪我や病気の手当てと同じで、遺族が極めてデリケートになっている早い時期の医療者の対応が、その後の彼らの立ち直りに非常に大きな影響を与えると感じている。最初の手当てが適切でなければ、後からどんな手厚い医療や看護を受けても、遺族の心に刻まれた深い傷を癒すことは難しい。反対に、適切な対応は、遺族の立ち直りの大きな力となる。
日本の医療が今後さらに進歩しても、悲しいことに遺族は生まれ、そして彼らは必ず医療者と接触する。だから医療者に、遺族を救っていただきたい。だが、遺族の声は、医療者に伝わっているだろうか? 医療者の思いは遺族に伝わっているのだろうか? 今、遺族と医療者の関係は、双方にとって好ましい状態にあるのだろうか?
遺族と病院・保育園へのアンケート結果から
当会では、2003年から2年間、まず遺族会員(233世帯)に、続いて産婦人科病院(1,000ヵ所)・小児科病院(587ヵ所)・保育園(1,000ヵ所)にアンケートを送り、「情報と説明の程度」「解剖について」「赤ちゃんと一緒の時間」「退院後のケア」などの遺族の心のケアに関する調査をした。
その結果は、遺族と医療者の間に思い違いや溝が存在することを示唆している。以下にその概要を述べる。
<遺族へのアンケートから>
●赤ちゃん(周産期を含む)を亡くした遺族の大部分は医療者と接触しており、その際の医療者の対応は非常に重要である。
●赤ちゃんを亡くした遺族と接触する職業の中で、警察の対応が最も悪い。対応が悪いと評価した遺族は、警察が45%、医療者が30%あった。
●遺族へのケアが不十分であると半数以上の遺族が答えており、遺族が希望するケアは、十分な医学上の説明、その際の遺族の心情への十分な配慮、赤ちゃんとの別れの時間と場所の充実、退院後のケアなどである。特に退院後のケアは、不十分であると答えている。
<病院・保育園へのアンケートから>
●遺族の心のケアに取り組もうとしているが、それにはなお改善の余地がある。
●特に退院後のケアは遅れている。
●病院の乳児・新生児室や保育園の育児環境では、SIDSの危険因子は少ない。
このように遺族は、自分たちに対するグリーフケアが、十分になされているとは思っていない。施設の職員に対する訓練や教育も、足りないと思っている。もちろん先に述べたように、医療者の対応に救われた遺族もいるが、多くの遺族は厳しい評価をしている。
遺族から寄せられた医療者の言動を見ると、それはごく一部を除き、ほとんどが善意から発しているものだと思われる。それなのにその言動は彼らの立ち直りを助けることもあれば、反対に立ち直れないほどのダメージを与えることがあると、たくさんの遺族が訴えている。
もっとも遺族はわがままである。同じ言葉でも、日によって聞こえ方が変わり、人によっては正反対の反応をすることもある。そのため、遺族の言葉をすべて受け取り対応することはないが、遺族の言葉に耳を貸す必要はあると思う。遺族が「ありがたかった」という医療者の言動に共通するのは、命に対する真摯な気持ちから発せられた言動である。
このアンケートのいくつかは、直接インタビューをしているが、実はアンケートの回収率は、産婦人科病院17%、小児科病院30%、保育園32%と、あまりよくない。また、遺族が関わった病院と、同じ病院の医療者が回答しているわけでもない。したがって、このアンケートの分析結果は、正確なものとは言えないかもしれない。
しかし、少し乱暴な言い方だが、アンケートの受け取りすら断られたり、インタビューを強く拒否されたりしたことから、この回収率も意味のある数字に思える。実際、このアンケートへの依頼に限らず、遺族が退院後にケアなどの質問をするために病院を訪れても、来院を拒否する病院が多いのは事実である。
遺族が皆、医療機関を訴えたいわけではないのに、そう勘違いされている可能性もあるかもしれない。しかし、当会が活動を始めた1993年当時、「グリーフケア」という言葉には市民権はなく、私たちが遺族ケアについてのパンフレットを持って、医療機関や保健所・保育園などを訪れても、門前払いされるのが普通であった。その頃のことを思えば、アンケートの回収率は、むしろ高いといえよう。
近年、医療者のグリーフケアに対する思いは、確実に深まってきている。私たちがオープンセミナーや講演会を開催すると、医療者から具体的な質問があり、また小児科関連の学会や医療・看護関係の学校に講師として呼ばれることも増えてきた。このことからも、グリーフケアに市民権が与えられつつあると感じている。
遺族と医療者の間にある溝
私たちは遺族の思いを医療者に伝えようと思っても、すんなりとは伝わらず、また、医療者が遺族の思いを知りたいと思っても、その機会がなかなかないらしい。
ある時、当会の医学アドバイザーである監察医に、解剖に関して質問をしたところ、彼は医学的な説明の後、遺体には尊厳があると述べ、さらに「解剖は物言わぬ遺体の伝えたいことを聞くことだ。いわば遺体の人権を守ることとも言える。また医師は遺族や患者さんの声を聞きたいのだが、なかなかその機会がない」と語った。
また以前、ある医師から医学部の教育の中には「死」(特に遺族)に関する部分は非常に少ないと聞いたことがあったので、看護大学で講師を務めた際に教科書を見せていただいた。分厚い教科書に「死」の教育はわずかであった。この時は、3人の遺族が講師を務めたのだが、看護師の卵たちは、涙を浮かべて話を聞いてくれた。偶然だが、数年後、助産師を対象とするセミナーで、筆者が講師を務めた際に、「あの時の学生です」と助産師があいさつに来られた。
遺族の声は、医療者になかなか届かない。だから医療者は、遺族の希望がわからないのかもしれない。そこで私たちは、小さな活動ではあるが、医療関係の学校に出張し講義をしている。使用するテキストは稚拙なものであるが、できるだけ多くの学生に読んでいただきたい。そして埋まりそうで埋まらない医療者と遺族の間にある溝を、少しでも埋めていきたいと思っている。今後も、依頼があれば、講師を派遣する準備をしている。遺族ケアの具体的援助 以下は、私たちが講義で述べている具体的な援助の例である。
流産でも死産でも、普通に生まれた赤ちゃんと同じように、扱ってください。
例えば、どうか当たり前に、赤ちゃんを抱かせてください、また、「お母さんにそっくり」と思ったら、そのように言ってください、名前が決まったら赤ちゃんを「○○ちゃん」と名前で呼んでください。
手形や足形、遺髪など、赤ちゃんがこの世やお母さんのおなかの中に存在していた証拠となるものを、とっておいてください。
遺族は混乱していて、そんなゆとりがないのです。こういった記念の品は、かえって悲しみが増すかもしれませんが、後になって思い出の品が何もないと、ほとんどの遺族は後悔します。また、それを渡すタイミングは、必ずしもすぐでなくてもいいのです。最初は「見たくない」と言う遺族もいますが、時期を見て「よろしければ……」と渡せば、嬉しいものです。
「お母さんやご家族と一緒に写真を撮りましょうか?」と聞いてください。
退院やお別れの時、赤ちゃんの身体に合った産着を着せてあげてください。
自分たちでつくったり、小さく生まれて亡くなった赤ちゃんのために洋服を作っている団体(「天使のブティック」注))などもあります。
家族が周りに気兼ねなく、一緒に過ごせる時間と場所を提供してください。
退院の時に、裏口からこそこそと帰さないでください。また、家族が希望すれば普通の出産の時のように見送ってください。
時期が来たら、いくつかの自助会があることを教えてください。
自助会とビフレンダー
1)自助会とは
本稿の最初に述べた、赤ちゃんの死に対する遺族の「なぜ?」に、ある程度医学的な答えを与えることは可能である。しかし、多くの遺族は、もう一つ「なぜ、自分の赤ちゃんが選ばれたのか?」「何も悪いことをしていないのに、なぜ自分の赤ちゃんが死なねばならなかったのか?」という哲学的・宗教的ともいえる疑問をもっている。この答えは遺族自身が、それぞれで見つけていかなければならない。
当会のような自助会のスタッフは、心理学の専門家ではないし、その答えをもっているわけでもない。しかし、赤ちゃんを亡くしたという共通の経験をもつ者同士、思いを共感でき、心を開きやすいものである。こうした自助会の多くは、遺族の先輩を交えて、ミーティング、もしくは一対一や数名で行われる「分かち合いの会」で話し合う。
その際に得られる共感を、あえて何かに例えるとすれば、理科の授業で行った音叉の共鳴実験に似ている。一つの音叉を鳴らすと、周波数が近かったり倍音であれば、他の音叉もやがて振動しだす。このように、ミーティングや「分かち合いの会」では、一人の発言が終わる時、たとえ赤ちゃんの死の医学的な理由は違っていても、その場にいる人の心は鳴っているのである。それは特効薬にはなり得ないが、遺族が一歩前に進むための手助けになる。
2)ビフレンダーとは
当会では、自助会の運営を担っている者を「ビフレンダー」と呼んでいる。ビフレンダーは、亡くなった赤ちゃんが自分に課した使命のようなものを少なからず感じている。しかし、皆、そういった使命感だけで活動しているわけではない。
ちょうど本稿を書いている最中に東日本大震災が起こったが、被災地では、肉親を亡くした人々が、ボランティアをしている姿が見られる。彼らは気を紛らしているわけではない。人はどんな状況におかれても、自分の行った行為で、誰かが幸せを感じてくれた時に、自分も幸せを感じるのである。決してそれは打算で行っているわけではなく、悲しみや苦しみの海に沈んでしまいそうな時、誰かのために何かをなせることは幸せなことで、その行為は自分自身を救う力にもなっているのだ。
しかし、時にビフレンダーは生活の中で疲れ、活動を停止せねばならないことがある。被災地の遺族ボランティアも同じだと思う。でも、いつか復活する。彼らに幸せが来ることを祈っている。
おわりに
最後に本稿の目的とは少し違うが、筆者の妻の例を挙げておきたい。
赤ちゃんを亡くした時、彼女は病院のスタッフの一人であった。ある程度心を制御できるようになった頃、彼女は泣かない準備をして、馴染みの失語症の患者さんの所にあいさつに行った。言葉の出ない彼は、唯一かろうじて動く左手をゆっくり彼女に差し出した。彼女は彼の手をつかんだ時に、彼の頬に涙が流れていることに気づいた。彼の妻と彼女は、おいおい泣いた。彼はやはり静かに泣いた。この時、どちらが救われたのかわからない。
妻は言う。「たくさんの慰めの言葉より、無言の涙に、私は救われた」
医療関係者にとって、涙はご法度かもしれないし、計画的に出せるものでもない。しかし、こんな涙があることも、医療者には知っておいていただきたい。
◯「SIDS家族の会」連絡先
伝言ダイヤル:050-3735-5341