医学監修の小玉城氏(左)と共に
呉 小玉さん
Wu Xiaoyu(ウー・シャウユイ)
京都光華女子大学健康科学部看護学科 教授
中国湖南省医薬学院卒業後、桃源県立病院に入職し、看護部長経験後、1998年財団法人日中医学協会による笹川医学奨学金第21期生として来日。1999年兵庫医科大学救急部研修生、2000年大阪府立看護大学修士課程を経て、兵庫県立看護大学博士課程を2005年に修了。その後、園田学園女子大学、北海道名寄市立大学、兵庫県立大学地域ケア開発研究所・看護学研究科を経て、2017年4月から現職。
今日、看護が対象とするのは「病人(患者)」にとどまらず「生活をする人」です。そこで役立つのが「人間と自然の統一と調和」を最終目標とする中国の“天人相応”思想をベースとした「中医看護」の理論。“その人全体”をみるその理論は、病院・施設・在宅、すべてのナースが活用できます。中国で臨床を経験した呉小玉先生だからこそ書けた本書についてうかがいました。
■「中医看護」「天人相応」とは
――まず、「中医看護」とは何かを説明していただけますか?
はい、それは文字通り「中医学」に基づいた看護学のことです。「中」は中国のことと思われるかもしれませんが、本当は「中和」「中庸」の「中」を表しています。これは中医看護の中心的な理念であり、「中」を保つ、つまり物事や感情の中心に立ち、どれにも偏らない考え方や生き方こそ、万物すべてが健全・健康な状態を維持する礎なのです。
――むむ、いきなり難しいのですね。もう少しやさしく説明していただけると……。
それでは本書の中心的な理念である「天人相応」について説明したほうがよいでしょうね。「天人相応」は中国最古の医学書である『黄帝内経(こうていだいけい)』で示された思想で「人は天地の気によって生じ、四時(しじ)(春夏秋冬)の法則によって成る」と言っています。つまり、看護は人を中心とすることではなく、自然の中に人も生活しているため、人の生命過程を自然変化の法則と緊密に一体化しなければいけません。
さきほどの「中庸」と関連させれば、健康とは「平常と中和を保つ状態」であり、人は自然変化の軌道に乗って「自然」に存在している自分自身・社会・文化・人類との同調、そして自然との調和のとれた状態が最も重要で、それこそが「天人相応」の状態になるといえるでしょう。
――それから「陰陽」という言葉も本書全体を通して、よく出てきますね。
中医看護では、「陰陽」という概念も非常に重要です。複雑な物事のすべてを簡単化し、対立と統一の特性を持つ陰と陽によって分類します。陰陽現象に伴い、気候が変化することを春夏秋冬の四季から細分化して「二十四節気」という自然のリズムが定まり、人々はこの自然のリズムに則って生活していれば「天人相応」の状態になると思います。
「中医看護」で特に重要となるのが、五臓六腑(ごぞうろっぷ)を中心として自然変化と共に生命活動を営む内部環境です。五臓「肝・心・脾・肺・腎」は、西洋医学の五臓とは違って、生命活動の全体性を統括する機能的システムになっています。五臓は他の臓腑と陰陽や相生相克(そうせいそうこく)の関係になるとともに、体表器官や情緒反応も五臓の反映関係になっています。さらに、自然の時空である四季や五味(酸・苦・甘・辛・鹹(かん))など、あらゆるものが統合的になっています。ここのところは少し難しいので、ぜひ、本書の第一部を読んでいただきたいですね。
■多忙なナースに“気づき”のきっかけを
――本書のサブタイトルは「現代看護への活用」ですが、具体的にはどのようなことが述べられているのでしょうか?
ここで言う「現代看護」はほぼ西洋医学に準じる看護ということですが、本書では第二部で主に解説しています。ただし、漢方医療のように具体的な病気(証)に対しての治療が出ているわけではなく、季節・一日の時間の流れ・食事・生活環境などを考えた、まさに“看護”として提供できることは何かを示しています。「ホリスティック」は“全体”を意味する言葉ですが、本書では一貫して、人を宇宙と一体のものと考えたホリスティックな視点で看護師ができることを述べているのです。
(ここで隣にいた小玉城先生が一言)
中国の哲学には「境界」という概念があって、これは日本語で言うボーダーラインではなく、「高い視点から物事を理解する」という意味になります。目の前にある物事の相互関係に翻弄されて理解できなくても、一歩身を引き、自然・宇宙の高い視点から考えると、そのメカニズムを理解できるという考え方です。本書には、具体的な中医看護技術も多く記載されていますが、本書で繰り返し述べられている時間・空間・方位・宇宙などの概念を把握できれば、看護学を高い「境界」で理解できるようになると思います。
――なるほど、日ごろの多忙な中で、全体としてみることを忘れがちなナースにとって、本書に書かれていることは、まさに“目から鱗が落ちる”考え方になりそうですね。それでは、最後に本書の読者へメッセージをどうぞ。
今、看護の場は「病院から地域へ」と拡大してきています。本書の目的でもある「天人相応」の達成は、あらゆる場で活躍する看護者がめざす「未来の看護の目標」でもあると思います。
臨床の現場でも、「中医看護」のようなテクノロジー的な道具や医薬・医術がなくてもケアに役立つことができる知識を持てば、ホリスティックに患者の治療効果や病状の進捗を予測することができます。例えば、第二部で説明している「気血流注(きけつるちゅう)図」は一日24時間の各臓器の健康をチェックし、“自然の軌道”に則るための道具として活用できます。「中医看護」のこのような知識を身につけていけば、患者だけでなく自分自身へのケアもできるナースになることでしょう。
看護者は「どんな人でも自分自身の力で自分自身の健康を守ることができること」を支援できるようにならなければなりません。本書を読んでいただき、得られた知識を看護実践に役立てていただければうれしいですね。
書誌情報
中医看護の自然生命理論
現代看護への活用
呉 小玉/著
安達 勇・小玉 城/医学監修
●B5判 176ページ
●定価(本体3000円+税)
ISBN 978-4-8180-2285-0
発行 日本看護協会出版会
(TEL:0436-23-3271)
主な内容
第一部
「中医看護」の自然生命理論
『黄帝内経』における「天人相応」の思想/自然の変化を表す「太極図」の形成と「二十四節気」/自然運動の法則に基づいた「五行説」/「陰と陽」の位置づけと意義
第二部
「中医看護」の活用
季節の変化・五臓六腑一体観に基づく看護実践/陰陽バランスを考えた「食事」と「睡眠」/自然方位的看護で重要になる要素/「治未病」「三因制宜」と中医看護/時間・空間の関係から考える看護/“隔たり”を取り除く中医看護の力
第三部
「中医看護」の理論から導いたユニバーサル自然看護モデル
中医看護と現代医学の違いを検証する/人間と自然を調和する「ホリスティックな看護」の視点/プライマリ・ヘルス・ケアとユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現をつなぐ/ナイチンゲールの学説と「天人相応」学説の暗合
看護2021年1月号より