NT2012年8月号連載【新★看護学事典】紹介

NT2012年8月号の連載「新★看護学事典」では、看護学事典第2版で「心拍変動」の解説を執筆してくださった佐竹澄子先生(東京慈恵会医科大学)からエッセイをおよせいただきました。

 

からだの中の声

 

私が初めて「心拍変動」という言葉を知ったのは、大学院で研究を始めたときでした。大学院への進学は、それまでの臨床経験で多くの遷延性意識障害の患者さんと接する中で、このような患者さんの思いを知ることができないだろうか、そしてそれを自分の看護にいかしていけないだろうかと思ったからでした。

 

遷延性意識障害は、いわゆる植物状態と言われる状態で、言葉として自分の気持ちを表現することができません。そのため、自分が提供するケアが独りよがりになっているのではないかと不安に感じていました。そこで、なんらかの方法でこのような患者さんの「声」を聞くことは出来ないだろうかと考えたのです。

 

客観的に患者さんの状態を把握するための指標として、筋肉の緊張や表情の変化、眼の開閉など、からだの反応を丁寧に観察していきました。しかし、どれも観察者の主観的な要素が強く入り、客観的な指標にはなりませんでした。そのような中で、意識障害があっても自律神経は保たれているという視点から、自律神経活動から遷延性意識障害患者さんの思いを解釈する事は出来ないかと思いました。闘う姿勢のときに活発になる交感神経活動とゆったりとリラックスしているときに活発になる副交感神経活動、この2つの自律神経活動から、そのときの患者さんの思いを読み取ることが出来るのではないかと考えたのです。

 

そして、自律神経活動はどのように測定できるのかを学ぶ中で、「心拍変動」という言葉を知ったのでした。それまでの研究で、遷延性意識障害患者の自律神経活動の変化を記録した研究は無く、最初の段階として24時間の自律神経活動を記録することから始めました。その結果、意識障害があっても自律神経活動のリズムが保たれ、看護介入時に副交感神経活動が交感神経活動に比べて活発になる患者さんがいることは分かりました。現時点では、副交感神経が活発であることが何を示しているのか分かっていません。本当に「心拍変動」という生体反応からその人の「からだの中の声」が聴けるかは何とも言えないのが現状です。しかし、今後、その可能性を大切に患者さんの「からだの中の声」を探していければと考えています。

 

★心拍変動(しんぱくへんどう)

心臓の一拍ごとの拍動周期に見られる「ゆらぎ」のこと。具体的には、心電図上のR-R間隔の変動として観察できる。(看護学事典第2版より)