いま、大きな注目を集める看護シミュレーション教育。書籍『1年で育つ! 新人&先輩ナースのためのシミュレーション・シナリオ集』では、1年で新人や先輩が育つことをイメージし、病院・病棟の春夏秋冬、その時期に合わせた課題を各巻5本ずつ取り上げています。今回、春編・夏編に続き『秋編』を刊行した編著者の阿部幸恵先生に、シナリオ集の概要や活用方法についてうかがいました。
――シナリオ集も3作目です。『秋編』の特徴は?
春に入職した新人さんが、夜勤も含めて業務の流れをある程度つかんで、ひと通りのことができるようになるのが秋頃でしょう。だからこそ秋編でも、春編からの各編で取り上げてきた“患者さんをしっかり看る”ことをねらいとした「検温」を「シナリオ1」としました。スキルアップのために対象を4人に増やしていますが、訪室してからの時間管理や、こなすべき業務よりも、“常に患者さんの状態や状況を中心に考えて動く”という基本に立ち戻っていただくことが目的です。
――先生が講師をされている当社主催のセミナーでも、「患者中心の看護」を強調されていますね。
たとえば新人対象のシナリオをつくるとき、「トイレに行きたい」「点滴が詰まった」など、新人看護師が困ったことに直面するような多重課題を行う施設が多いのですが、それでどのような力がつくのかは疑問です。特別に困った状況をつくるのではなく、平常に“患者さんをどう看るか”が大切だと考えています。これは新人でもベテランでも全く同じで、指導者側にも常に意識してほしいことです。大切なのはシナリオの目標です。多重課題を前に「応援を呼べる」ことをゴールとするのか、それとも単に新人を試しているだけなのか。もっと言えば、模擬患者やシミュレーション場面を用意するより、日々の看護を振り返る場を臨床で設けて「あの場面ではどう考えたの?」など、デブリーフィングを行うほうが適切かもしれません。シナリオ集も3冊目ですから、どういう目標を設定して、その目標にはどんな教育手法がふさわしいのか、つまりOJTの振り返りが有効なのか、手間暇かけてでもシミュレーションという状況を整えることがよいのか、指導者にはあらためて考えてほしいと思っています。
――『秋編』では、5本中、4本のシナリオで“急変”をテーマにしています。
日々の業務に慣れてきたこと、明日からの臨床看護で新人さんの自信につながることを期待して、今回急変を増やしました。臨床では遭遇しないかもしれない状況を経験できるという意味で、急変場面はシミュレーション教育に適しています。現実には、状態変化はもっと急速かもしれない、逆に一晩かけて悪化していくかもしれないものを、5〜7分間のトレーニングで学べるように教材化しています。もちろん臨床では、吸引器や酸素が手近にないなど、さまざまな状況があり得ますが、急変シナリオの目的は、“適切に対応するための思考をトレーニングする”ということです。
――シナリオ集を各施設・病棟で活用する際のアドバイスをいただけますか?
シナリオ集のシナリオを、そのまま使わなくてはいけない、ということは全くありません。このシナリオ集シリーズは書籍という形態なので、各シナリオにある程度のボリュームを持たせています。つまり、各テーマで学べることを多めに盛り込んであるのです。実際には、施設の状況や指導者の力量、学習者のレベル、学習時間などに合わせて、目標を絞り込むことをおすすめします。
私自身、同じシナリオを使うにしても、研修によって、設定患者さんの人数を減らしたり、目標を3つから2つに替えたりしています。目標を絞れば、必然的に「デブリーフィングガイド」の内容も、「押さえておきたい基礎知識」の内容も、「評価表」の内容も、すべてコンパクトになっていくはずです。逆に、減らすのではなく増やしたり深めたりするのも、もちろんOKです。ぜひ、各施設の実情に合わせてシナリオをアレンジしていただきたいですね。シナリオを最初からつくるより、指導者の負担はずっと減るはずです。このようなアレンジは、指導者のレベルアップにも確実につながります。シナリオを1つ選び、たとえば新人3人を指導すると想定して、与えられた時間内にシナリオを改変するというトレーニングもできますね。シナリオを改変する、αテストを行うなど、指導内容を準備する段階で、ぜひ『看護のためのシミュレーション教育:はじめの一歩ワークブック』(小社刊、2013年)を活用してほしいです。ここにはシミュレーションの基本的な知識から指導のコツまでが詳しく載っていますので、指導者養成の研修を受けた方でも、新たな学びが得られたり、復習ができると思います。
シナリオもこれで15本になりましたから、指導者からすると“好きなシナリオ”というものも出てくるようです。「これだったらうまくデブリーフィングできそう」と。シナリオを自分たちで咀嚼して、“うちの病棟の十八番”みたいなものができると、すごくいいですね。とにかくやってみる。上手くいかなかった面は指導者間でデブリーフィングして、自分たちに合ったシミュレーションの形を見つけてほしいと思います。
-「看護」2015年1月号「SPECIAL INTERVIEW」より –
シミュレーション・シナリオ集
秋編