本人の責任に基づく医療のかたち

文と写真:木下澄代
 

病室に備えられているロッカーには100℃の高温で選択できる衣類やタオルが常備されている。

 

デンマークでは入院に必要なものは保険証(イエローカード)と歯ブラシだけ。というのも入院に必要な費用も必要品も現段階では予定入院、緊急入院にかかわらず公が負担するからです。入院中には食事・ケア・検査・診断・治療・費用はもちろん、薬代も本人負担はゼロ。タオルや下着なども、高温で洗濯できる木綿のものが病院に用意されています。

 

もっとも、病院に入院中は、末期の患者など症状が悪いためにベットから動けない患者や、手術直後で麻酔からすっかり覚めていない患者などを除き、昼間は自分の服に着替えるので、病院に用意されている衣料品を使用することはありません。オムツなども必要品なので無料で提供を受けることができます。
 
福祉機器も、入院中はもちろん退院後でも短期間なら病院が、長期に必要であれば患者が住むkommune(日常生活に一番近い自治体の単位)が貸し出してくれます。そのための自治体間の連絡・支援ネットワークが機能しているのです。

 
患者が入院すると同時に、できるだけ早く本来の生活に戻れるよう、退院に向けての計画が進められます。緊急入院でない場合は、入院以前に担当医をはじめ患者に関わる病院スタッフと患者・家族の間で、事前説明会が開かれます。そこでは患者の病気のことや検査・手術・経過(起こり得る副作用や合併症などを含め)具体的な機能訓練、退院後の予測などについて話し合われ、病気や怪我に患者本人が積極的に関わることを前提に治療が行われます。
 
福祉や教育に関しては、地方自治体と国がそれぞれの責任管轄部分を負担しています。病院(コペンハーゲン大学病院は国、その他の大学病院や地方の病院は県)、開業医制度などの医療に関する内容は県(2007年の地方自治体改正で、それまでの75の県が国内を5つに分けたレギオンと呼ばれる大きな規模に改められました)が、医療保険に関しては国が司っています。
 
医療財政は国民からの税金で成り立っています。所得税は収入の40〜60%を占め、このうち10%を国に、25.5〜30%を地方自治体に収めている他、購入品やサービスに対して健康税として10%を国に、協会に1〜2%収めています。病院で行われる医療・看護・リハビリなどの必要経費は県が、退院後はのリハビリや介護サービスなどを補うのは、前述したkommuneが担います。
 
こうした役割分担があるため、それぞれの管轄ができるだけその費用を抑えようとします。その結果、高費用の病院滞在をできるだけ短くする工夫が凝らされます。
 
例えば、自宅では自力で生活できない患者の退院予定が決まると、kommuneに対して患者が必要とする介護・看護、機能訓練の内容などが通達され、患者受け入れに必要なサービスが準備されます。もし退院予定日から3日以内に受け入れなかった場合には、4日目以降退院までの入院費用はkommuneが病院に代わって支払わなければならないという取り決めがあるので、kommuneは通達があると患者の受け入れ準備に力を注ぎます。
 
こうしたことから、人工股関節の手術なら入院後1〜3日で退院し、機能訓練は街のリハビリ施設や自宅で続け、病院との関わりは退院後のチェックや必要に応じてコンタクト・パーソンとの連絡だけになります。膝の手術などは外来手術で済まされ、入院を必要としません。
 
また、病院滞在を短くするために「患者ホテル」というものが病院に隣接してつくられています。自宅生活と病院との中継点として機能し、例えば初産の夫婦が産後数日間滞在しながら乳児の扱いについて学び、自信を持って自宅に戻ることができます。病院を離れて本来の生活に戻ることが困難なさまざまな患者にも、精神的な安定や自立していく自信を持たせるためなどに利用されています。
 
病気は本人が最も責任を持って関わるものであり、医師や看護師などの専門職員は患者支援のためにいます。こうした姿勢が基本にあるため、患者自身がカルテを読む権利も法律で保障されています。また治療について決定するのは患者自身であり、延命治療の可否なども本人が選択します。もちろん周囲で働いている関係職員がはっきりとわかるように、その選択は明確に示されているのです。
 
人がどんなふうに生きたいか。そのことを重視するならば、これらはどれも当然のことだと思います。
 


きのした・すみよ
長野県出身、1991年からユトランド半島のシルケボー市で生活。現地で結婚し2人の子どもがいる。看護師の他、通訳や各種ツアー、TV番組のコーディネイトでも活躍。著書に『デンマーク四季暦』など。



コラム「海外でくらす、はたらく。」(INR 157号)

“異邦人”看護師7人の日々を、誌面とWebで紹介