クリニカル・サイコロジストとして米国での豊富な臨床経験を持つ堀越勝さんは「対話スキルが上がれば、ケアの質も上がる」と言います。看護職をはじめケアに従事する人がマスターしておけば役に立つ対話スキルを新刊『ケアする人の対話スキルABCD』にまとめられた堀越さんに、ケアにおける対話にはどんな意義があり、具体的にどんな対話スキルを身につければよいのかをうかがいました。
――対話スキルを、ケアに従事する人に向けて書かれたのはなぜですか?
認知行動療法など精神療法の研修に長年携わるうちに、この基本部分は精神科医や臨床心理士に限らずケアをする人に実践で応用してもらえば、ケアの質は断然上がるだろうと思ったのがきっかけです。看護師には看護の技、医師には医師の技、介護職には介護の技がありますが、これらケアに従事する人に共通するのは、患者・利用者・相談者などケアの対象となる人との間に「対話」があること。つまり、ケアにおける対話スキルは、ケアに従事する人ならば持っていて決して損はないスキルだといえます。
――たしかに臨床現場には常に対話がありますが、例えば看護師にとって対話スキルを習得することはどのぐらい重要なのでしょうか?
実は看護師の方々に読んでほしいと思いながらこの新刊を書きました。それは、最も患者さんの近くにいる看護師の皆さんに、心の距離においても一番近い存在であってほしいと期待しているからです。現に看護師の方を対象にセミナーを開くと、受講に高い関心を持ってくださいます。それは対話スキルを学べる機会が少ないからかもしれません。
クライアントとの対話が精神療法において重要なのは言うまでもありませんが、看護においても患者さんとの対話はケアの目的を遂行する上で大事な機能を持っています。そもそもケアとは、ケアする側がケアされる相手の言葉・表情・態度・行動から情報をもらいながら、ケアする側とされる側の双方のやりとりの上に成立するものです。ナースコールに「どうされましたか?」と答えたり、外来で「今日はどうされましたか?」と尋ねたりして、看護師の皆さんはすでにケアを対話から始めておられます。その対話をケアの目的に照らして意識的に使うだけで、ケアの質は間違いなく上がるだろうと思います。
――「対話スキルを意識的に使う」とは、どういうことでしょうか?
対話にスキルがあると聞いて不思議に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。対話はそれくらい誰にとっても日常的で習慣的なものです。誰もがすでに自分なりの対話スタイルを持っています。しかし、ケアするという目的に沿った対話をするには、ケアの対話の手続きや順序という「型」にのっとる必要があります。それは、すでに持っている自分の対話スタイルを捨てて新しいスタイルをゼロから習得しなければならないという意味ではありません。対話にはスキルがあることを知って自分の対話スタイルを振り返ったり、対話の型を意識して対話を俯瞰したりしながらスキルの練習を繰り返せば、ある水準に到達できます。つまり、「訓練すれば身につけられる技」なのです。
対話スキルは、ケアを実現するのに有効な道具です。この本には私が精神療法家として学んだ対話法の基本部分をどなたにもわかるように解説しています。さまざまな研究で精神療法の効果が実証されていますが、エビデンスを実証された療法であっても、その使い方によって効果が異なることが、この10数年の研究で明らかになってきました。いわゆる「コモン・ファクター(共通因子)研究」といわれるものです。精神療法の道具の有効性とともに、その道具を使う側に研究の目が向けられるようになってきたのです。
例えば、大きな岩を一刀両断する伝家の宝刀をある日お百姓さんが手に入れたら、その日から剣の達人になれるかといえば、なれませんね。道具はたしかに優れていても、使うことができなければ意味がない。どのようなことができる人がその道具を使うかというのは、実は大事なことなのです。
――そうした対話技法を使う側の留意点については、この本ではどう説明されているのでしょうか?
2014年に発表されたコモン・ファクター研究によると、精神療法の効果に影響するものは、第一に「明確な目標設定」、次に「共感」そして「同盟関係」「ポジティブな受け止め」であることが明らかになっています*1。
私はこの本で、ケアの対話を進める順序をABCDの4つのステップとして説明し、その「型」を覚えていただいてから、それぞれのステップで使えるスキルを具体的に示し、実践で応用できるようになるための練習課題も50題用意しました。対話技法の説明の中に、コモン・ファクター研究の結果を織り込んでいます。
例えば、ケアの対話が目的指向であることをお話しすることで「明確な目標設定」について触れ、その目標に到達するにはABCDの順序をちゃんと踏んでいけばよいことを示しました。「共感」については、いつ、なぜ、どんなふうに共感をするのか、また共感できたことを対話の中でどのように確認できるのかを示しています。「同盟関係」については、一緒に問題に向かっていくための協働関係、つまりぶつからない関係をどうつくるかを具体的にお話しし、「ポジティブな受け止め」については、相手をまるごと受け止めることからケアをスタートさせる方法を説明しました。つまり、対話技法という優れた道具の説明だけでなく、使い手としての心得もわかりやすく解説することを意識したものになっています。
いずれにしても、知っているだけでは実践で使えません。とにかく練習で身につけることです。私もクライアントとの対話を自分で聞き直し、もっとよくできるように訓練を欠かしません。プロとして成長し続ける人でありたいものです。
*1 Expanding the Lens of Evidence-Based Practice in Psychotherapy: A Common Factors Perspective. Kevin M. Laska, Alan S. Gurman & Bruce E. Wampold, Psychotherapy ,2014, vol. 51, No.4, 467-481
-「看護」2015年5月号「SPECIAL INTERVIEW」より –