「オールドタウンで想う、これからの日本」

文と写真:木下澄代

(INR日本版 2012年春号, p.109に掲載)

 

windmill

勤務先の高次性機能障害者リハビリセンターへ通う際に横切る農地にも、風力発電用の風車がある。

 

デンマークではコペンハーゲンに次ぐ第2番目に大きな町、オーフス市にあるDen gamel by(英語ではOld town)に友人と出かけました。

 

ここには国内各地の歴史的に重要な建物が移築され、保存・公開されています。建物は同時代の生活を紹介する生きた博物館でもあり、季節ごとに建物内の展示内容が変わります。例えばクリスマスには市長の住んでいた建物が当時の様相を再現します。リビングルームに飾られるクリスマスツリーは天井まで届く高さがあり、毎年変化する装飾を見ることが市民の伝統にもなっています。

 

12月の日は短く、午後3時を過ぎるともう夕闇が降り始めて薄暗くなります。それぞれの建物ごとに異なる展示をすべて見る時間はありません。常設展示は差し置いて、この時期の特別展示を選んで周ることにしました。

 

“オーフス市の推移”という展示がある建物に入ったとたん、1979年の街角の写真が目に入りました。「えっ! 私たちが見慣れていた街角だ……」

 

それは自分たちの生活の中に生きていた図だけれど、よく考えてみればその写真のオブジェとなった店はもう存在していません。かつて日常的にいつも見ていたものだから、まだあるような気がしていたのだけれど……。私と友人は、思わず顔を見合わせてしまいました。

 

この店がなくなったのと同じように、自分たちの時代はもう過ぎ去ってしまったのでしょうか? なんだか、私たち自身が過去のものになったような気がします。まだ元気で生活しているのに……。

 

これまで何年もの年月が過ぎ去り、私たちが立っている現在と目の前に展示されている写真の時代との開きを、突然強く感じました。この野外博物館では一番新しい街の一部として、すでに1970年代の建物 ──電気屋さんや手芸材料のお店── が歴史となっているのです。

 

私がデンマークへやってきたのは、今は歴史の中に入ってしまったその時代。初めての冬は第1次オイル危機のため、暖房やシャワーが普段の半分くらいしか温度を上げられず、寒い思いをしました。

 

その頃、日本ではパニックでトイレットペーパーの買い占めが起こっているというニュースを誰かから聞きました。今のようにインターネットはなく、日本の新聞はコペンハーゲンで1〜2日遅れで手に入ったけれど、普段は目にする機会はありませんでした。

 

当時のデンマークでは、燃料がなくなる事態を察知して何をしたのでしょうか? 12月になると、週末は救急車や消防車、パトカーなどの特例を除き、一般車の走行を禁止しました。

 

路上から車が姿を消したため、真白な雪で覆われた広い道路の真ん中を悠々と歩くことができ、夕方にはそこに寝転がって一面に広がる満天の星空を眺めました(という思い出も、実は冷たい空気の中で上を向きながら歩いたため、ひっくり返ってそのまま星を見上げていたのだったかもしれませんが)。

 

世界中が燃料不足の危機に晒されていた中で、デンマーク政府の対応は早いものでした。まず、各自で今できることをする“燃料節約のための特例”を出すと同時に、新しい燃料資源について将来を踏まえた可能性を検討し、1973年には風力発電の開発を始めたのです。

 

風力以外の研究も続け、太陽光の少ない国でありながら、太陽電池による村づくりの試みやガソリン以外の燃料で動くモーターの開発などを進めてきました。

 

風力発電の技術やそのノウハウは、現在ではデンマークの重要な輸出製品になっています。日本のように自動車の生産はない国ですが、ハイドロガスや電気で作動するモーターもすでに完成し、病院内の運送やバスなどに使用されています。

 

こうした成果は、もちろん短期に出来上がったものではありません。第1次オイル危機の数年後、これらの対策に加えて政府は夏時間を採り入れました。太陽の光が射しているうちに、主要な日常活動を国全体で終わらせてしまおうと考えたのです。

 

日本では、東日本大震災に続く原発停止の結果、節電のためいくつかの企業が仕事時間をずらす事態に至りました。人々がこの経験の副産物として得た「時間」は、実は貴重なものだったのではないでしょうか。

 

“3.11” をきっかけとして、これまで工業国日本のために使ってきた時間と思考を、“人間として生きる社会”を創るために使う時が来たのだと、思わずにはいられません。

 


きのした・すみよ
長野県出身、1991年からユトランド半島のシルケボー市で生活。現地で結婚し2人の子どもがいる。看護師の他、通訳や各種ツアー、TV番組のコーディネイトでも活躍。著書に『デンマーク四季暦』など。


 

コラム「海外でくらす、はたらく。」(INR 155号)

“異邦人”看護師7人の日々を、誌面とWebで紹介