〈新刊〉INR臨増号のテーマは「アカデミック・ライティング」です。

5月15日発売の151号(臨時増刊号)の総特集は「アカデミック・ライティング:論文ツールとしての英語と日本語」です。

 

英語のみならず日本語論文の執筆に悩む読者の方々はもちろん、その指導に個人・組織として苦心されている教育者・指導者の方々に必ずお役に立てる内容だと思います。

 

本総特集では、学術論文に用いる英語は、使われ方に決まった「型」があったり、とにかく語数を絞って簡潔・明瞭に記述することが徹底的に求められるため、そのような「道具としての英語」を徹底してトレーニングすれば、むしろ日本人にとってそれほど難しいものではないのではないか、という前提に立っています。

 

執筆者のひとりで、『APA論文作成マニュアル』(医学書院)の訳者である江藤裕之先生(東北大学大学院)も「“英語ができる”とは、単語を正しく綴ることができ、文法的・ご法的に正しい文を書くことができるということである。これは、高校生くらいまでに習った基本的な英語の知識で十分だと思う」と、本総特集の中で書かれています(p.84)。

 

では、その「道具としての英語」を使いこなすために必要なこととは何でしょう?

 

まず、英語論文を読む読者(あるいは査読者)が、どのような文章の書かれ方を期待しているのかを知ることです。米国では小学生のレベルから、日本の国語教育における作文とは異なる「書く訓練」が具体的に始められ、高校にもなれば図書館の書誌分類法や参考文献の検索法、引用の仕方まで教えられるそうです。

 

これは明確に、いずれ大学などで論文を書くための準備訓練として位置づけられています。つまり米国では小学生の頃から、すでにそれが始まっているということですね。

 

そこで小学校から大学院まで、実際に米国の生徒~学生がどのように「アカデミック・ライティング」の方法論を習得していくのかについて、この臨増号ではEric M. Skier先生が(それこそ身を持って)非常にわかりやすくかつ明快に解説してくださいました(p.16)。Skier先生は東京薬科大学の准教授で『看護師のための英会話ハンドブック』(東京化学同人)などの著書があります。

 

一方これまで、残念ながら現在の日本の国語教育ではそのような形での「書く訓練」はこれまでなされてきませんでしたが、いま大学・大学院レベルではアカデミック・ライティングの取り組みがすこしずつ始まっています。これについて早稲田大学ライティング・センターの佐渡島紗織先生に詳しく解説してもらいました(p.24)。

 

早稲田大学のアプローチは大変興味深いものです。他のいくつかの大学でも同様の動きがあるようで、グローバル化に対応する各大学の課題や問題意識がそこから見えてきます。

 

学術論文でムダのない明快な文章を書くためには、そもそも日本語でも同様のことができなければなりません。そこで物理学者で知的人材支援や科学知識をわかりやすく普及することに取り組まれている坂東昌子先生に、論理図を活用した論理的思考の訓練方法をご紹介いただきました(p.38)。先生が文系の学生向けに実際に行った授業では、誰もが講義にのめりこんで聞いてくれたそうです。

 

また『看護学生のためのレポート・論文の書き方』(金芳堂)などの著者、髙谷修先生には日本語の文章執筆にまつわるさまざまな視点を紹介していだきました。例えば論文で根拠が曖昧な事柄を表現する際、日本語独特の主語の曖昧な扱いが無意識にそれを許してしまうことや、看護業界特有の用語や略語の使われ方の背景にある、論文を書くことの目的への反省にも言及されています(p.52)。

 

そして「いきなり英語論文では敷居が高い」と感じる人のために、英文抄録の具体的な書き方を取り上げました(p.72)。著者の上鶴重美先生は日本看護研究学会国際活動推進委員会で、何年ものあいだこの英文抄録の書き方の指導に取り組まれて来た方で、本臨時増刊号全体の編集協力も務めて頂きました。

 

前出の江藤先生とともに『APA論文作成マニュアル』を共訳された前田樹海先生(東京有明医療大学)は、論文執筆の「型」を教えるライティング・マニュアルの使い方を、APAの例を具体例として解説してくださいました(p.86)。こういったマニュアルを1冊読み込んでおくことで、学会ごとに異なるルールや法則に対応する枠組みが、頭の中のできるのではないかとおっしゃっています。

 

そのほか、医学・科学分野の英語論文校正会社、エダンズ グループ ジャパンのエディターを務めるWarren Raye先生には、採用率を高める科学論文の書き方についてまとめていただきました(p.94)。日本人の論文に特徴的な問題点について、受動態の扱い方や時制の問題など具体的に示しておられます。面白いのは、英語論文を書くに当たって、まず元の日本語の文章を英語的な日本語文に書き換えた上でそれを英語に翻訳する方法についての解説です。

 

つまり、(ここでは少なくとも)アカデミック・ライティングにおける英語と日本語は、単に単語や文の構成を置き換えればよいのではなく、書く文化そのものをチェンジする必要があること。そこに日本人にとってのアカデミック・ライティングの重要な課題がありそうですね。

 

そうは言っても、忙しい研究活動の中、あるいは臨床研究として論文に取りかかる人にとって、さらにアカデミック・ライティング・スキルを身にけることは非常に大変です。そこで東京大学国際センター柏オフィスが実施している英語論文執筆のバックアップ体制について紹介しました(大島義人先生、p.104)。前出の佐渡島先生の記事と合わせて読んでいただければ、日本のアカデミック・ライティング環境の現状とこれからの課題が見えてくると思います。

 

INR151臨時増刊号「アカデミック・ライティング:論文ツールとしての英語と日本語」(目次情報)