本連載では、聖路加国際大学大学院看護学研究科特任教授の井部俊子さんと、訪問看護パリアン看護部長の川越博美さんが、往復書簡をとおして病院看護と訪問看護のよりよい未来を描きます。さあ、どんな未来が見えてくるのでしょう。
川越博美さんから井部俊子さんへの手紙
訪問看護の“最大の顧客”
文:川越博美
夏の暑さの中で、訪問を続けています。
井部さんが応援してくださった「ナース社長」は今、確実に増えています。カスタマー・エクイティの考え方も紹介していただき、参考になりました(実践者にとってはやや難解でしたが)。
「訪問看護師が経営者になる」。1992年に老人訪問看護制度が始まったころから声高に叫ばれていたことです。しかし当時、訪問看護師は管理者にはなれても事業主にはなれず、経営者ではありませんでした。それでも事業主は名目だけで、実際は経営をしていた訪問看護師が多くいました。またそうあろうと努力もしました。
しかし、経営といっても、収入を増やす道は訪問看護の回数を増やすことしかありません。「人件費を抑えて訪問回数を増やす」、それが当時の主な経営戦略でした。なんと低レベルな戦略でしょう。私たちは、収入を確保するために、研究班に参加して研究費をもらったり、活動のための補助金をもらったり、企業に協力して在宅ケアに関する商品開発に知恵を貸したりしました。それでも赤字が続き、診療報酬を上げてもらう以外に方法はないと、ロビー活動もしました。仲間と厚生省(現:厚生労働省)に行って「報酬を上げてもらえなければ訪問看護の管理者は首をくくるしかない」と担当官を“脅し”ました(実際には脅したつもりはないのですが、訪問看護ステーションの窮乏をデータで示して訴えました)。
経営は困難な時代でしたが、せっかく看護に報酬がついたのだからと、なりふり構わず収入を増やす道を模索し、訪問看護、訪問看護と叫ぶ私たちを、「訪問看護師は暑苦しい」と評した病院看護師もいました。「なぜ看護師が経営者になるのか、経営の専門家に任せたほうが事業は成功するのに」と言った、訪問看護ステーションで実習した医学生もいました。 続きを読む…