本物のケア求め、いつみさんの旅は続く 「枠にはめる」のは終わり、「ケアは人なり」へ 日本とデンマークの高齢者ケアワーカー――いつみ・ラワーセンさん

写真1    スポー高齢者住宅。外光を取り入れる設計で緑の庭が広がる

 

 

写真2

    利用者さんを囲んで、同僚ケアワーカーといつみさん

 

文と写真・村上 紀美子(医療ジャーナリスト)

 

 いつみさんは、毎年2月ころには日本に里帰り。地元九州で「高齢者ケア」についての講演やセミナーも行います。関心のある方は、村上までご連絡を! mkimiko@mbf.nifty.com

〈最新情報〉

 来る3月9日土曜日の午後、いつみさんに会えます!。日本に一時帰国を利用して、秋山正子さんの「暮らしの保健室」で、高齢者ケアについて語り合う「お茶会」を計画中。ホームホスピス宮崎の市原美穂さんもご参加です。関心ある方は、早めに、村上までご連絡を!

 本連載第4回(2010年1月号)に登場した「NPO法人ホームホスピス宮崎 かあさんの家」(市原美穂理事長)の最初のスタッフ、いつみ・ラワーセンさんは、今、デンマークでケア付き高齢者住宅のケアワーカーとして働いています。日本とデンマーク、いつもどこでも、本物のケアを自由闊達に求めるいつみさん。その旅路を追いました。

 10年ほど前の九州・宮崎市。妻を亡くして1人暮らしのUさんの認知症の症状が激しくなり、近所に住む息子夫婦は疲れきっていました。そして、市原美穂さんに「家ごと提供するので、何とかならないか」と相談したのです。
ホームホスピスの設立を考えていた市原さん。「家も利用者さんも待っている。あとはケアスタッフがいれば始められる……」――そのとき現れたのが、いつみさんでした。デンマークにいたいつみさんは、ビザの関係で日本に半年間戻らねばならず、その間の仕事と住まいを探していたのです。いつみさんにとっても渡りに船でした。
「自分の求める本物のケアを思い切りやれる!」


宮崎の“かあさんの家”で映画チケット活用の認知症ケア

 

 こうしてUさんの家で「ホームホスピスかあさんの家」が始まりました。開設当初のエピソードには、いつみさんの求めるケアの姿がうかがえます。
ある日、Uさんのご家族は映画のチケットを2枚、いつみさんにプレゼントしてくれました。「お友だちと行ってね」という意味です。
いつみ流の面白いところは、Uさんに「映画行く?」とさりげなく誘ったこと。Uさんは「行く!」と答え、「それでは!」と車いすで出発したのです! ところが、映画館には来場者用エレベーターがなく、裏口の荷物用エレベーターに乗る羽目になり、大騒動でした。
その日に観た映画は、Uさんの好みに合わなかったのですが、宮崎の偉人の生涯を描いた別の映画を看板で知り、「こりゃ、観らんな、いかん」。これが次の希望になりました。
「今度は車いすではダメだ」となり、映画館のエスカレーターに乗ることをめざします。エスカレーターは最初に乗るタイミングが難しいから練習しようと、2人で手をつないで畳の上でピョンと乗る練習を、真剣に何度も繰り返しました。「本当にすごいです。車いすだったおじいちゃんがジャンプできたんですから。そして見事、エスカレーターに乗って希望の映画鑑賞。映画にもエスカレーターにも大満足!」
利用者さんの話をすると目が潤んでくる、いつみさんです。
こんな具合に、いつみさんはいつでも利用者さんと本気で話し合って、いろいろな挑戦をしてきました。その一方で市原さんたちは“ホームホスピスかあさんの家”の体制を整えていきます。
当時を知るスタッフに言わせると「いつみさんとUさんはいつも本気で話し合って、けんかしているみたいだった」そうです。
Uさんの息子さんは「いつみさんのケアで、父は見違えるように落ち着いて暮らせました」と言います。市原さんは「いつみさんが“かあさんの家”のケアの土台をつくったんです」と長年のお付き合いが続いています。

いつみ流ケアの極意・その1

①‌その人と本気で向き合い、自分の意思を持てるように
ガイドする。
②内心の希望を引き出し、一緒にかなえる。
③すると次の希望につながってくる。

デンマークの高齢者住宅でよりよいケアを考え、動く

 今、いつみさんはデンマークで、ケア付き高齢者住宅「スポー高齢者住宅」(写真1)のケアワーカーとして働いています。デンマークでは法律改正でケアの大きな方向転換を進める一環として(囲み)、かつての“特養”を改装して、小さな玄関・キッチン・バス・トイレ・居間・寝室のある“住居”に変貌させました。
いつみさんの職場もその1つ。見学させていただき、いつみさんと住人(利用者さん)の交流を垣間見ることができました(写真2)。

 

 

→続きは本誌で

 

 

■【囲み】ケアの大転換〜「枠にはめたサービス」から「個人のニーズで見ていく」へ

 20年ほど前まではデンマークも(ドイツやオランダも)、障害の状態や年齢などで分類して、その枠にあてはまるグループごとにサービスを提供していました。現場で働く人たちにとっては「利用者さんが必要とするニーズは1人ひとり違うので、枠をいくら細かくしても、サービスがニーズに合わない」という違和感があったそうです。
利用者自身の間でも「私たちは“われわれ”ではない、“私”を見て!」という運動が高まりました。
こうした背景を受けて、デンマークでは、1988年に「施設(プライエム)建設禁止法」が制定され、1998年には、「施設建設禁止法」とともに「生活支援法」を改正して「社会サービス法」になり、「個々人の個性的なニーズを見て、それに合った対応を重視する」方向への“ケアの大転換”が始まったのです。いつみさんの職場が特養からケア付き高齢者住宅に転換したのも、この一環といえます。
このようなケアの大転換は、ヨーロッパ各国で進んでいきました。

-「コミュニティケア」2013年1月号「コミュニティケア探訪」より-

→コミュニティケア2013年1月号