
縛られてはじめてわかった恐怖、怒り、屈辱感
身体拘束体験研修を受けて
平岩 千代子●ひらいわ ちよこ
最期まで身も心も縛られない暮らし・住まい研究会
社会福祉士
群馬県沼田市を拠点とする大誠会グループは、約25年にわたり身体拘束ゼロを実践しています。同グループでは、事務職や調理員を含む全職種全員が受講する、あえて不適切なケアを受け「縛られる患者」の立場に身を置く身体拘束体験研修に、私も参加しました。本稿では、身体拘束を体験する中で身体を通して知った恐怖、怒り、屈辱感を手がかりに、身体拘束がはらむ問題をあらためて考えます。
縛られるということ
いったい何が起きたのか……。身体拘束体験研修だと頭ではわかっているのに、いきなり手をつかまれ、車いすに縛られそうになった瞬間、私は強い動揺と混乱に襲われました。あまりにもショックで、声が出ない。ふと我に返ったときには、「やめて! 何をするの!」と大声で叫びたかった。そして、縛ろうとする人の手を全力で振り払い、その場から逃げ出したかったのです。
車いすに縛られた両手両足。頭に浮かぶのは、どうやったら解けるか、ただそれだけでした。縛られると解き、また縛られては解く。その繰り返しでした。すると今度はY字型ベルトでも固定され、拘束は徐々に強くなる。それでもなお、何とか解こうと必死になる私。もがけばもがくほど紐は手首に食い込み、手の甲は紫色に変わり、パンパンに腫れていきました。これはまずい。どうなってしまうのだろう。何ができるのだろう。
ベッド柵に両手両足を縛られると、両足が大きく開いた状態が続きました。掛け布団をかけられていても感じる強い恥ずかしさとみじめさ。なぜこんなことをされるのか。目に入るのは真っ白な天井だけ。「じっとしてて」としか言わないスタッフ。人として扱われていないという、強い屈辱感がこみ上げました。
[略歴]早稲田大学卒業。外資系製薬企業の研究所、株式会社電通総研主任研究員、お茶の水女子大学大学院客員研究員などを歴任。国際医療福祉大学大学院医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。著書に『“認知症と拘束”尊厳回復に挑むナースたち』(小社刊)、インタビュー動画『父が好きだった自宅の庭とお風呂を最期まで』がある。







