【座談会】看護の基本を発揮する「がん患者の就労支援」

【出席者(写真左から)】
橋本 久美子

聖路加国際病院相談支援センター 医療連携室・がん相談支援室 アシスタントナースマネージャー

小迫 冨美恵〈司会〉

横浜市立市民病院看護部がんセンター担当副部長/がん相談支援センター専門相談員/がん看護専門看護師

桜井 なおみ

キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長


がん患者の3人に1人が就労可能年齢で罹患する今、治療と就労の両立支援は社会全体の課題です。2018年、第3期がん対策推進基本計画が閣議決定。診療報酬改定では支援の充実をめざして「療養・就労両立支援指導料」「相談体制充実加算」が新設。また、厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」★1の参考資料として「企業・医療機関連携マニュアル」が公表されました。座談会では、あらためて看護職にはどのような取り組みが可能なのかを話し合っていただきました。

 

患者にとっての仕事の意味
小迫 がん患者の就労支援の仕組みが活用されていくスタートラインにある中、現場から「なぜ医療者が就労支援するの?」「看護職は具体的にどうすればいいの?」という声も聞いております。本日はどうすれば本当の支援になるのか、看護職としてできることを考えるきっかけになればと思います。
橋本 よろしくお願いします。
小迫 まずは桜井さん、ご自身の体験も踏まえてお話しいただけますか。
桜井 私が30代で乳がんの診断を受けたときに悩んだことの1つ目が「お金はいくらかかるんだろう」でした。インフルエンザさえ無縁で、病院で5000円以上支払ったことがなかったのに……と、治療費や手術費が心配でした。2つ目は「親にどう言おう」、これは“AYA(アヤ)世代★2あるある”だと思います。3つ目が「仕事をどうしよう」でした。会議も出張もあるし、入院したらどうするのかなと思っても、当時の職場では私が初めて“病気になった人”で相談相手もいませんでした。書籍★3にも書いた失敗談ですが、私は仕事関係者全員に一斉メールで「病気になりました。何月何日から入院して、しばらく代理の人間が出てきます」と送信してしまいました。でも、返信は3通ぐらいしかなくて……今思えば、みんな返事に困ってしまったのでしょうが、周囲とのコミュニケーションは難しかったです。

患者会の活動を始めてからは、友人の看取りも経験しました。彼女は亡くなる2日前まで仕事をしていました。パソコンを持って倒れて、私が病院に駆けつけても、まだスケジュール帳をめくるんです。その後、葬儀の場で友人の上司から「病気だろうなと思っていたけど……俺が悪化させてしまったのではないか?」と聞きました。痩せていきオピオイドの副作用で勤務中に眠くなっても本人は何も言ってくれなかったと。そのころ私は会社を辞めていたのですが「悪いことをしたわけじゃないのに、なんで言えないんだろう。患者にとって仕事ってどういう意味があるんだろう」と考え、研究テーマにしたいと思ったのです。
橋本 それは何年ぐらいのことですか?
桜井 2006年です。それから東京大学医療政策人材養成講座に参加して調査研究に取り組みました★4。研究班を組むに当たり、最初は医療者も行政の人もメディアの人も「がんは治してからでしょう」とか「働けてるんじゃない?」と否定的でしたが「3人に1人が働きたいのに仕事を辞めている」という結果★5を知ると「目の前の患者さんが社会に戻ってどうされていたのか全然関心がなかった」「それってかなりの社会的損失じゃないの」という反応に変わりました。
そのころ第2期がん対策推進基本計画の検討会が始まったのですが、就労や経済的負担という話は議題にも入っていなくて。患者団体で要望書を出し、協議会の参考人として、就労だけではなく妊孕性(にんようせい)もアピアランス(外見)もご遺族のケアも社会的な問題なのだと提起しました。そして「がん患者の就労を含めた社会的な問題」の記載が加わるなど変わってきたのです。診療報酬(図表1)までよくぞつながったなと思います。

 

 

小迫 仕事の意味というテーマを追い続けて社会を動かし、今日に至るまでを伺い、私自身が就労支援に取り組み始めた時期を思い出しました。
当院では相談支援センターとしてかかわり始めた2013年に、厚生労働省モデル事業★6としてがん診療連携拠点病院とハローワークとの連携による就職支援が始まり、県立がんセンターと当院で「神奈川県、頑張らなきゃ」とスタートしました。これがようやく2016年度から全国展開の事業となりましたが、初めのころは病院の相談室と外部機関とのつながりのハードルが高く、手探り状態でした。

 

本座談会は「看護」8月号p.81〜86に続きます

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★1 厚生労働省ホームページ▷政策について▷分野別の政策一覧▷雇用・労働▷労働基準▷安全・衛生▷治療と仕事の両立について
★2 Adolescent and Young Adult;思春期・若年成人

★3 『あのひとが がんになったら―「通院治療」時代のつながり方』(中央公論新社,2018年)
★4 がん患者の就労・雇用支援に関する提言(2008年)

★5 厚生労働省がん研究「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査報告書」(2004年)
★6 がん患者等就職支援事業


関連書籍の紹介
がん体験者との対話から始まる就労支援
看護師とがん相談支援センターの事例から

 

小迫冨美恵・清水奈緒美 編/

神奈川県がん診療連携協議会

相談支援部会

就労支援ワーキンググループ 協力
A5判 180ページ
定価(本体2100円+税)
ISBN 978-4-8180-2034-4
発行 日本看護協会出版会
(TEL:0436-23-3271)

 

 

 

 

 

 

 

〈主な内容〉
序章 がん体験者の語りと就労支援のつながり/1章 がん体験者の就労支援の現状/2章 看護師に求められる就労支援とは/3章 就労支援に必要な知識/4章 がん相談支援センターの就労相談と連携/5章 がんの局面ごとの支援のポイント/6章 小児がん経験者の就労支援/7章 事例からみる がん体験者の就労支援