倫理観にあふれた訪問看護を行うために看護倫理を学ぶ

倫理「医療人権を考える会」では、2012年から訪問看護における倫理をテーマに事例検討を開始。検討の成果は小社雑誌『コミュニティケア』の連載でも紹介され、このたび『事例で考える 訪問看護の倫理』として書籍化されました。本書の監修者で同会代表の杉谷藤子さんと、著者の1人である吉川洋子さんに、倫理観に基づく看護実践に向けたメッセージをいただきました。

 

 

 

 

sugitani完成杉谷 藤子さん
(すぎたに ふじこ)
島根県立中央病院看護部長として医療事故防止の基本理念としての倫理観を職員と共に学び実践に努めた後、日本看護協会常任理事として医療事故防止および病院機能評価に関しての倫理観ならびに日本看護協会「看護婦の倫理規定」の普及・実践を全国会員に訴え続けた。現在、「医療人権を考える会」代表。

 

yoshikawa完成吉川 洋子さん
(よしかわ ようこ)
島根県立大学看護学部教授(基礎看護学)として、学生に対する看護倫理教育に携わるかたわら、臨床看護師とともに看護倫理に関する事例検討を継続して実施している。医療人権を考える会のメンバーとしても、医療・看護における倫理への取り組みを行っている。

 

 

倫理観にあふれた訪問看護を行うために

――杉谷藤子

 

■「医療人権を考える会」の活動と看護倫理

 

2003年秋、「医療人権を考える会」は島根県内2大学の看護教員と、3病院の元看護部長ら10人で発足しました。私は看護短期大学の教員を退任後に就任した島根県教育委員会委員としての4年間に、学童の人権問題に出合うという貴重な体験をしました。これが直接の動機となり、同会の呼びかけ人となったのです。

 

初会合の席上で、 “医療の場における人権問題にチャレンジする”という会の方針が決定されました。そして約3カ月間、3病院から300例ほどの倫理的事例・場面の提供を受け、①看護師に対応してほしい倫理問題が増大し、重要度が増していること、②真に1人ひとりの人間を尊重するケアが求められていることを実感しました。

 

このように、私たちの活動は、まず病院における人権を考え、それを尊重するための行動として倫理的看護をめざすことから始まりました。しかし、当然のこととして、地域・在宅にも視野を広げるべく、会のイベント等の中で訪問看護師の方々からも発言を得ていきました。そして「いつの日か訪問看護における倫理をテーマに本格的にチャレンジしたい」と考えるようになったのです。

 

■看護師が変われば、患者・療養者も幸福になる

 

2012年1月、訪問看護の倫理事例集作成のための企画委員会を開きました。医療人権を考える会には訪問看護の経験者は皆無で、賛同が得られるか不安でしたが、検討の重要性を認識された訪問看護ステーションの所長である企画委員の方々の一致した決断で作成が決定しました。この決断がなければ本書は誕生していないでしょう。

 

早速6カ所の訪問看護ステーションに対して、事例の提供を依頼しました。病院に依頼したときと同様、日々悩みやジレンマを抱きながらも、それぞれの事例が倫理的視点からみてどうかという判断の困難さもあり混乱もあったようです。しかし、検討を進める中で、看護師の倫理観への高い意識により「本人の意思決定がなされたか」「本人のための最善な方法が合意されたか」「個人情報は保護されているか」など、日々の振り返りが行われるようになってきています。

 

2025年問題や地域包括ケアシステムへの対応など、今まさに、質の高い訪問看護がいっそう期待される時機がきています。もちろん、タクティールケアを中心としたスキルも大切ですが、私たちは、倫理観にあふれた訪問看護であってほしいという一心で本書を上梓したのです。

 

看護倫理を学ぶことの大切さ

――吉川洋子

 

■事例検討を通し、倫理的思考の種を増やす

 

私は複数の医療施設において臨床の看護師と一緒に、看護倫理の学習会・事例検討会を行ってきました。その際、事例の提供をお願いするのですが、なかなかよい事例がないと悩む看護師も多くいました。しかし、実際に提供された事例はすべて倫理的な側面を持ち、あらためて皆で考え検討した後では、「モヤモヤした状況がすっきりした」と満足されています。臨床の場面では倫理的問題としてはっきり認識される場合もありますが、“倫理的感受性”が洗練されていなければ、「これでいいのだろうか?」という曖昧で不愉快な気がかりとして察知されることが多いのではないかと思われます。

 

事例検討を進める中で参加者の質問に答えることは、もつれた糸をほどくように筋道立てて説明する機会となり、患者や家族、医療者等の考えや思いが整理でき、倫理的問題を明確化し、対応策を見いだすことにつながります。倫理に関する理論を学ぶことはもちろん重要なことですが、現場での具体例を検討することで看護倫理を学ぶことの重要性に気づき、また、倫理的思考の種を増やすことができるのではないでしょうか。

 

■看護師としての役割

 

看護師は、医療の現場で最も患者・療養者に近く、しかも長い時間を共有しています。そのため、個々の看護師がアドボカシー(権利擁護)の機能を認識し、患者・療養者に代わって発言していくことも看護の重要な役割です。しかし事例検討において、看護師は患者・療養者の権利が脅かされるなど倫理上問題であると感知した場面でも発言・介入することに看護師自身がちゅうちょしていることが多くあります。医師の権限が強い環境もまだ多く存在し、「おかしい」と思っても言い出すことが難しいという声も聞きます。アドボケイト(代弁者)としての役割を果たすためには、当事者意識を持ってかかわることが必要です。

 

誰にでも「変だな」「あれでよかったのだろうか」と考えた経験はあると思います。そういうときはそのままにせず、意見交換の機会を持つなどチームで対応することが必要ではないでしょうか。そのためには新人からベテランまで個々の看護師が、ものを言える、聞くことができる環境も不可欠でしょう。

 

事例検討を通した学習を行うことは、個々の看護師の倫理観に基づく行動を促進し、チーム医療におけるキーパーソンとしての看護師の役割を果たしていく上でも効果的であると考えます。

 

ラテン語Taktilisに由来する、手で触れるケア

 

-「看護」2015年7月号「SPECIAL MESSAGE」より –

 

事例で考える 訪問看護の倫理