「専門職の自律とチーム医療」

文と写真:木下 澄代

(INR日本版 2012年秋号, p.106に掲載)

 

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レゴで作成された施設の模型が待合ホールに置かれている。日本のような外来機能がないので、待っている病人は多くない。

 

皆さんもすでにご存じのように、福祉国と言われるデンマークの医療は国民の税金で支えられ、病院のほとんどが公立病院です。すべての大学が国立なのですが、しかしコペンハーゲンにあるものを除き、大学病院はすべて県立です(デンマークでは県に当たる自治体はregigionと呼ばれています)。

 

病院経営費は県が受け持ち、医師・看護師・アシスタント・検査技師その他すべての病院職員は県に雇われる地方公務員です。病院長をはじめ看護師を含むあらゆる職員のポストはすべて公募になっていて、本当にその仕事に就きたい人が空いたポストに応募してきます。そして採用には現場のチーフと職員の代表による評価が、重要なものになります。

 

組織の代表者は、応募してきた人が働くことになる現場の要求をあらかじめはっきりさせて面接に臨みます。採用面接は、一緒に働くことになる仲間と応募者が意見交換をする場でもあるわけです。デンマークの自治はこんなところにも生きています。

 

病院内では職種ごとの仕事に関する専門会議と、異なる専門職同士の会議(治療・看護についての会議やチーム会議がこれにあたります)が毎週行われます。これによって、患者を中心とした各専門を生かしながらの治療と看護や介護に取り組みます。

 

患者の病状、治療方針、患者および家族の治療についての希望などは記録され、治療やケアにかかわる職員はもちろん、患者自身も自分のカルテを読むことができます。自分の生き方は自分が決める、というのがデンマークでは当たり前の考えです。ですからその決定に関わる知識やアドバイスも、必要なら用意されなければならないのです。

 

治療について、患者が医師にすべてを任すことは考えられません。そして病院との関わりはあくまで患者の人生のたった一部分の時期で、患者の望む生活に戻すことが病院の役割です。

 

公の費用で経営される病院であるから、必要以上に長く滞在させません。人工股関節の手術が1〜3日程度の入院で行われ、そのための準備に患者教育の時間が使われるのも、こうした理由からです。

 

医師が医療に関する決定権を握っていないことは、とても民主的であり、一緒に治療に携わる他の専門性を認め、患者自身の人間性を認めていることに他ならないと思います。

 

手術後のリハビリについてのプログラムは、医師の診断によってその専門の理学療法士や作業療法士がプログラムをつくります。例えば肩・上腕の痛みを訴える患者のMRについては、医師が関わるのではなく、MR検査と判定は理学療法士が実施するといったことが、ある病院では行われています。

 

理学療法士の自立を促し、また医師の仕事を減らすことができ、医師が医師にしかできない、診断に専念する時間を増やすことがその目的です。

 

同じように、薬の処方を決めるのも医師ですが、投薬をしてその効果や副作用の観察を行い医師に報告するのは看護師の大事な役割です。そのため医師はベッドサイドでの看護師の判断を大切にしています。

 

こうしてそれぞれの専門を生かして仕事が進められています。自分の専門性を他の職種に納得してもらうためには、新しい知識だけでなく現場での実証という絶え間ない学習が必要になってきます。現場では一緒に働いている仲間同士が、それぞれ指導者として現場の技術と意識を引き上げています。

 

このような医療現場で外国語を駆使し、現場指導をしたり自分の見解を他者に納得してもらうことは容易ではなく、看護師として患者に関わる仕事だけをしていることのほうが楽でしたが、言葉と文化を共通基盤とする日本の医療現場において、専門家同士がお互いを高め合いつつ、患者の自立に協力していく姿勢が、今求められているものではないかと思い、これからの日本の医療現場職員に期待しています。

 


きのした・すみよ
長野県出身、1991年からユトランド半島のシルケボー市で生活。現地で結婚し2人の子どもがいる。看護師の他、通訳や各種ツアー、TV番組のコーディネイトでも活躍。著書に『デンマーク四季暦』など。



コラム「海外でくらす、はたらく。」(INR 158号)

“異邦人”看護師7人の日々を、誌面とWebで紹介