「人生の転機が訪れる たびに開いてきた、 思い出の “箱”」

文と写真:森 淑江

(INR日本版 2012年春号, p.111掲載)

 

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ザンビアの首都から400㎞離れたカロモ郡のクリニックで活動する公衆衛生の隊員(右端)から話を聞く筆者(左端)。

 

1992年から2年間、中米のホンジュラスで看護教育に関する仕事をしたことをきっかけに、看護分野の国際協力に取り組み始めました。今では国際看護学の分野を確立すべく奮闘しています。

 

群馬大学で国際看護学の教育と研究を行いつつ、日本がODA(政府開発援助)として国際協力を行う際の実施機関、独立行政法人国際協力機構(JICA)青年海外協力隊事務局技術顧問(長い!)を務めています。

 

1965年に青年海外協力隊が創設されて以来、86の開発途上国に3万6,000人以上のボランティアが青年海外協力隊員として派遣されてきました。このうち2,438人が看護職(保健師・助産師・看護師)で、保健衛生部門の42%を占めており、2番目に多い養護隊員の558人を圧倒的に引き離す数です。

 

世間一般には、国際保健医療協力と言えば、アフリカのガボンで長い間医療活動を行ったシュバイツアー博士のように、貧しい農村部で子どもの診療に当たる医師を思い浮かべるかもしれませんが、実はそのようなイメージの医師隊員は、この47年間に合計15人しか派遣されていません。

 

そうです。少なくとも世間のイメージである「草の根レベル」の活動をしている医療職の多くは、看護職者で占められているのです。

 

ホンジュラスから戻った後、私は大学に勤務しながら、青年海外協力隊員よりも知識・経験そして年齢も(!)求められる、技術協力を行うJICA専門家として、あるいはさまざまな目的で調査を行う調査団員として、毎回1週間から長い時で数カ月間、アジア・アフリカ・中南米の十数か国で活動してきました。

 

一方、いつも周囲から「JICAとどちらが本業?」とツッコまれる大学の仕事では、国際看護学を専門として、大学院生や学部生の指導をしています。学生たちは不在の多い私のことはあきらめて(?)、たくましく自立して研究をしています。

 

世界のどこにいてもインターネットで学生たちとつながっていられるため、大変便利な世の中になったと思っているのですが、この恩恵を十分に受けられるのは世界でも限られた人々でしかありません。

 

自分がいつから途上国を始めとする世界の状況に関心を持つようになったのかと考えると、1977年のICN東京大会の記憶にさかのぼります。当時、千葉大学看護学部の学生だった私は、世界中の看護師が1万人以上集まる大会が東京で開かれることを恩師たちから知らされました。

 

創設間もない千葉大学には、ICNの理事でこの大会の組織委員長だった小林富美栄先生や、日本看護協会副会長を務められていた大塚寛子先生、全体会スピーカーの薄井担子先生と、今考えれば錚々たる看護界の重鎮たちがこの大会を支えていました。

 

先生方に勧められるまま大会に出席した私は、学生大会で「看護学生は学生か、労働者か」という日本の学生には意外なテーマや、各国の学生が活発に意見交換する姿をただ驚いて見つめるだけでした。

 

アイルランドの学生と一緒に写した写真が手元にあるのですが、彼女たちと一体何語で(片言の英語に間違いありません!)何を話したのか、もう全く記憶にありません。

 

華やかな開会式に閉会式、プライマリ・ヘルスケアという耳慣れない言葉が飛び交う討論など、何か夢を見ているような気持ちで過ごすうちに5日間の大会は終わってしまい、すぐに日常の学生生活に舞い戻りました。

 

やがて、この経験は私の思い出の箱に閉じ込められ、短大教員や看護師として仕事をする中で遠い記憶となっていきました。しかしその後、人生の転機が訪れるたびに、しばしばこの箱が開いていたような気がします。

 

看護師を辞めてドイツに半年出かけたこと、大学院博士後期課程修了後の進路を考える中で、かつて一緒に仕事をしていた医師がJICA専門家としてネパールに派遣されると知り、自分も挑戦してみようかと考えたことも、その奥底には「もっと世界のことを知りたい」と思った、ICN大会での経験が影響していたに違いありません。

 

プライマリ・ヘルスケアとプライマリ・ケアの区別もつかなかった私は、今や国際保健医療協力の最重要語の1つである前者を推進する立場の真っただ中にいます。さらにICN東京大会から30年後に開かれた、2007年のICN横浜大会で運営委員会副委員長を務めたことも、そもそもは東京大会への参加によって仕掛けられた役割だったのだと、運命の不思議さも感じます。

 

学生時代の経験が将来を左右するのだということを、しみじとみ実感するこの頃です。

 


もり・よしえ

群馬大学教授。国際看護学の研究と教育に携わる一方、独立行政法人国際協力機構(JICA)青年海外協力隊事務局の技術顧問を務める。


 

コラム「海外でくらす、はたらく。」(INR 155号)

“異邦人”看護師7人の日々を、誌面とWebで紹介