文と写真:坪田トーレナース 育子
「何とかなるさー」が口癖だった私は、どこの国へ行っても何とかやっていけるんじゃないか? と希望的推測を持ってオランダにやって来ました。あれから15年。確かに、いろんな文化の違いを受け入れ毎日を過ごせるようになりましたが、いまだ受け入れきれてないのが、実は食文化なんです。
朝=パン、昼=パン、夜=じゃがいも。まるで落語の「寿限無」ように頭の中にこだまします。つまり、1日1回だけ火を通した料理を食べるのです。
家の近所で働いているオランダ人は、昼に家までごはんを食べに帰ってきて、火を通した食事をする。そして夜はまたパン……。こんなふうに昼夜逆になっている人もいますが、とにかく、じゃがいもが主食。
目で楽しむ日本食とはかけ離れた「スタンポット」と呼ばれる料理は、ゆでたじゃがいもをバターや肉汁でマッシュし、ぐるぐるにかき混ぜたもの。その横にゆでた一種類の野菜が添えられ、皿一枚に載せられます。
テーブルには、お鍋や肉のフライパンがドーンと置かれ、各自自分で取り分けます。まさに!フィンセント・ファン・ゴッホの「ジャガイモを食べる人々」の様子です。これが伝統的なオランダの食卓風景。
あまり使われないキッチンは、まるでショールームから抜け出てきたように、いつもピッカピカ! 揚げ物専用の調理器具があるので、通常の台所で揚げたりしません。
今でこそ、外国の食事もどんどんに入り込んできて、オランダ人食卓にもバリエーションは出てきていますが……。でもやっぱり外食となると結構な額になるので、出かける数も日本と比べると少ないです。
日曜日はキリスト教徒にとっては休息の日。大きな町での過ごし方はまた違うけれど、私の住む田舎では土曜日にスープなどを作り、日曜日は教会に行くため、台所に立って料理をしない人もいます。
大抵のオランダ人は、1日3回も火を通した食事をする日本の話をすると「信じられない!」という顔をします。「日本の主婦(夫)は台所に住んでいるのか!?」と聞かれることもあるのです。
日本には、衣食住という言葉がありますが、オランダでは、この順序が入れ替わっています。食事は生きていく上に必要なもの、楽しむものという感覚ではないのです。
ただ、オランダ人と一口に言っても、その中には移民も多く含まれています。最近は彼らの食生活が一般のオランダ人家庭にも入ってきているのです。
では、病院や老人施設はどうなのか? やはり、朝昼はコールドミールで、夜は火を通した食事です。各部屋に飲み物とパン、そして具を載せたカートがやってきて、お好みにアレンジして渡してくれます。
パンをナイフとフォークで食べる人が多いのも、私にとってはカルチャーショック(食)。燻してある、向こうが透けるようなハムは、パンと一緒に切れば、びりびりになりますから!
そして、3食の食事だけでは空腹を抑えられないのか、大人は朝10時と15時、20時はコーヒータイム。1回につき2杯は飲みます。クッキーやチョコレートも付くのですが、2杯飲んでもお菓子は1回分だけ。1人1つずつ行き渡ると、すぐさまクッキー缶は片づけられてしまいます。
もしも、オランダ人が日本の病院食を食べたら、きっと腰を抜かすことでしょうね。日に3度、見た目や味はもちろん、手の込んだ献立に治療食のバリエーションなどなど。
もちろんオランダでも治療食は存在してるようです。また移民の数が多いので、菜食や豚肉抜きなど、宗教に合わせた食事などは選べます。
基礎食品群も、私が来蘭した当時は4つでした。4〜5年前から5つになったというので、探してみたら、なんと5つ目に追加されたのは水だったのです。
食品のバリエーションも少なめです。オランダ人は「世界一身長が高い国民」として知られますが、では、いったい何を食べてそんなに大きくなるのか!? この質素な食生活からは考えられません。
やはり乳製品を取る量が多いからでしょうか。聞くところによればオランダ人の年間1人あたりのチーズ消費量は15Kg位だとか。日照時間が少ないため、単語のつづりに”R”の付く月には、ビタミンDを取るのもお約束です。
私が推測するところ、これは“もやし効果”ではないかと。太陽に向かってひたすら伸びていく……みたいな。また、オランダは背丈だけではなく横にもかなり大きな人が多い国。糖尿病や脳血管疾患患者の数も多いのです。
このように、話し出したらきりがないオランダの食生活。うちの場合、夫がじゃいもをこよなく愛する人なので、毎日じゃがいもをゆでています。逆に私はジャガイモだけでは生きていけないので、ご飯を炊きます。
夕食になると、こうしてテーブルの上に小さな国境が出現するのです。私は日本側で夫はオランダ側。そして子どもたちは2つの国境を行き来するのです。
つぼた・とーれなーす・やすこ
愛知県出身。1997年にオランダへ渡る。夫の親族が集まるコミュニティで子育てに奮闘しながら、外国人として看護師の仕事に就くため、さまざまな問題に直面中。