『看護のなかの出会い』の著者、菊地多嘉子先生のご紹介

『看護のなかの出会い』の著者、菊地多嘉子先生の紹介

 
 

新刊『看護のなかの出会い』の著者・菊地多嘉子先生は、医学部を卒業して医師になったのですが、医師の道に進まず修道会に入り、その後今日まで、修道女として教育と信仰の道を歩んでこられました。なぜ医師の道を歩まずに修道女になったのか、自らの道を見出して、他者のために生きていくとはどういうことなのか、先生に伺いました。

 

 

自分の道に徹することの大切さ

 

私がどうして医者になったのか、その後なぜ信仰と教育の道を歩むことになったのか、簡単にお話ししたいと思います。

 

10歳の時の決心

一番最初のきっかけは、10歳の頃にさかのぼります。今も覚えておりますが、10歳の時、遠い親戚の方の所に何かを持って行くように言われて、家を出ました。一度行ったことのある道だったのですけれども、いつのまにか迷いこんで、あまり見たことのない──昔は長屋という家があったんですね。何軒も何軒も同じ家が。貧しい、貧しい所です──そこに入りこんでしまいました。夏のことでしたので、家の中がまるみえでした。

 

すると、ある家に、蚊帳をつって、中で寝ていた病人がいたのです。私は生れてはじめてそういう所に入って、ちょっと怖くなりかけていたときでしたけれど、蚊帳の中に寝ている病人の姿をぼんやりと見たときに、本当に胸を打たれました。その瞬間に、私は絶対に医者になろう、貧しい人のために働こう、と決心しました。そして家に帰って、たぶん、父に話したかもしれませんが……父は喜んだと思います。小さいころから体力も十分でなかったし、病気がちだったのですが、この日の決心は絶対に変わりませんでした。そして、あらゆる困難を突破して、やっと、医学部の学生になりました。

 

聖母マリアさまとの出会い

その頃に、私はカトリックの信仰を得ました。どのようにしてかと申しますと、病気で一カ月ばかり、学校を休まなければならなかった時に、人生とはなんだろう、と考えたのです。この世にはなんと不公平が多いことか。それに、人は必ず死んでいきます。人生の生きていく意味、真の価値はなんだろうなどと、いろいろ思いめぐらしました。人生の問題をいろいろ深刻に考えたとき、一人の友達に話しますと、「じゃあ、教会に行ってみたらいいんじゃない。答えがでるかもしれない」と言って、私をつれていったのが、カトリック教会でした。

 

教会の聖堂にはいりますと(仙台のこのカトリック教会は、空襲で全焼しました。今は、別な教会が建っています)、非常に美しいステンドグラスがあり、はっと思って眺めているうち、大きな聖母マリアさまの御像が目にとまりました。そこにちょうど一人の神父さまがいらっしゃり、おどろいて御像を見上げている私に、「このかたは、イエス・キリストさまのお母さま。そして、あなたのお母さまですよ」と、仰ったのです。私は深く心を打たれました。その日から、カトリックはどんな宗教なのかを勉強して、どうしても洗礼をうけたいと思うようになりました。でも、親が許しません。そこで二年ぐらい待ち、やっと、八月一五日、聖母マリアの大きな被昇天のお祝い日に洗礼をうけました。

 

私はもう医学部の一年生になっていました。そのとき、もちろん貧しい病人のために一生を捧げたいと思っていたのですけれど。それは結婚してもできますね。でも、一生涯は一遍しかありませんでしょう。だから、自分を神様に捧げて苦しむ人のために何かできたらうれしい、修道女になりたい、とそのとき思いました。

 

それから長い長い医学の勉強が終わったときに、親に切り出しまして、大きな悲しみとショックを与え、それでもやはり決心を翻さずに、修道院の門を叩きました。その修道院はフランス語で、「コングレガシオン・ド・ノートルダム」(聖母マリアに捧げられた修道会)という意味です。世界にはたくさんの修道会があって、なかには病院を経営している修道会もあります。でも、マリアさまの修道会にと思って、この修道会を選びました。

 

信仰と教育の道を歩む

ところが、この修道会は教育修道会で、病院がありません。ですから、医学の道を続けることができなくなりました。でも、私はちっとも後悔しませんでした。私たちの修道会は、福島に桜の聖母学院、北九州に明治学園という大きな学校をもっております。私は誓願を立てるとすぐ、明治学園に勤めることになりました。

 

勤めて何年か経ってから、中学三年生男子の、校内雑誌を作るグループといっしょに仕事をしていた夕方、他の生徒が帰ったあと、責任者の生徒と二人だけ残りました。その生徒が突然、「シスター、シスターはお医者さんでしょう。なんで、お医者さんの仕事をしないんですか」と聞くのです。私は、「実は、医者として、貧しい、苦しんでいる人のために一生をお捧げしたいと思っていたけれど、神さまが私を学校教育の修道会にお呼びになったので、ここにきました。でも私は、神さまがそうなさったのだから、神さまは、きっと私の教え子をとおして、夢を実現してくださるって信じて、祈ってるんですよ」と答えました。するとその生徒は、黙って聴いていてから、突然、「シスター、ぼくは医者になります」と言ったんです。

 

 その時の生徒はその後、医学部に入学して、今は立派な医者になりました。本当に、私の心を継いでくださるようなお医者さんになっています。このようにして、多くの教え子が育って行きました。

私は、自分の道に徹することの大切さを、みなさまに申し上げたいと思うのです。本当に小さな一つの私の道として。この道に徹する時に、必ず次から次へと道が開けて来るということを。自分を思わずに、人のためを思う時、それは神様の心に通じる心ですから。みなさまも、それぞれきっと幸せな生涯を送られることと確信しています。

 

 

〈著者略歴〉

菊地多嘉子(きくちたかこ)

帝国女子医学専門学校(現在の東邦大学医学部)卒業。東北大学医学部入局。1945 年にコングレガシオン・ド・ノートルダムに入会し修道女となり,現在に至る。モントリオール大学で神学を,ラヴァール大学でキリスト教教育学を専攻。

著書に,『あから始まる贈りもの──たいせつなあなたに』(ドン・ボスコ社),『果てしない希望──リジューのテレーズ』(ドン・ボスコ社),『リジュのテレーズ』(清水書院),『子どものための旧約聖書』(サンパウロ),『イエズスさまといつもいっしょに』(サンパウロ)などがある。

 

 

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