CC2015年1月号掲載【社会的生活を導く哲学と手法 歩み寄って、見極め、個別ケア――デンマークのペタゴー ベンツ・ラワーセンさん】の紹介

〈コミュニティケア探訪・No.34〉
【社会的生活を導く哲学と手法 歩み寄って、見極め、個別ケア

――デンマークのペタゴー ベンツ・ラワーセンさん】

 

写真1 ‌

写真1 ‌左から、いつみ・ラワーセンさん、
市原美穂さん(NPO法人ホームホスピス宮崎理事長)、
ベンツ・ラワーセンさん

 

文と写真・村上 紀美子(医療ジャーナリスト)
いつみさんとベンツさんも登場する『納得の老後 日欧在宅ケア探訪』(岩波新書)が、第3回日本医学ジャーナリスト協会賞・書籍部門の優秀賞を受賞。この本でご紹介した皆さんの代表として賞をいただいてきました。
mkimiko@mbf.nifty.com

 人が成長するときの哲学であり、社会的生活の教育・ケアの手法であるペタゴギックとそれを身につけたペタゴーについて、ベンツ・ラワーセンさんといつみ・ラワーセンさんから学びます(写真1)。認知症の方たちへの個別ケアにも有効であるため、今、デンマークで注目されているそうです。

 2014年11月号の本連載でご紹介した宮崎市のホームホスピス「かあさんの家」開設10周年記念の集まりには、開設当初のスタッフであるいつみさんとご主人のベンツさんもデンマークから駆けつけました。
いつみさんは「かあさんの家で働き始めるまで、ずっと個別ケアをやってみたいと願いながらできていなかったのですが、ここでの半年間で、思いきり実践ができました。そして、個別ケアを徹底することで、周辺症状の激しい認知症の方が人間性を回復されるのを目の当たりにして、個別ケアのよさを確信できたのです」と思い返します。
いつみさんがケアについて迷いや疑問があるときによく議論するのは、ご主人のベンツさんです。ベンツさんはデンマークのペタゴーという専門職。知的障がい者施設の施設長を長年務めてきました。デンマークにおけるペタゴーのリーダーでもあります。本連載2013年1月号で紹介した、高齢になった知的障がい者のためのケア付き住宅でも、ベンツさんの友人のペタゴーがたくさん働いていたのが印象的でした。

 

人間性・個性に合った対応を

 

さて、ペタゴー? 聞き慣れない言葉です。
まず、ペタゴーの前に、ペタゴギックについて説明しましょう。ペタゴギックとは、個々の人間性・個性を見抜いて、それぞれに合った対応をする“究極の個別ケア技術”。このペタゴギックを身につけた人がペタゴーです。ペタゴーは、主に保育や幼児教育のための施設・学校などで働いています。
ペタゴギックは、一見、とても難しそうですが、「そんなに難しくありません。皆さん、すでに知っているのに、意識していないだけですよ」とベンツさんは言います。「例えば同じ両親や同じクラスの子どもでも、好みや性格は違いますね。親や教師は、子どもたちの違いをわかった上で、個性に合った対応を自然にしているでしょう?」
なるほど、そういえばそうです。

 

対象者に近づいて話を聞く

 

ベンツさんは、ペタゴーの対象者とのかかわり方を、わかりやすく

説明してくれました。
社会のシステムやルールを「こうしなさい」と教えて、対象者に変化を求めるといった、いわばシステムが人をコントロールするかかわりとペタゴーのかかわり方はずいぶん異なります。
まず、かかわる人が対象者に歩み寄って、対象者とよく話し、その行動傾向や内面をよく理解します。そして互いに近づき、かかわる人が対象者に合ったトレーニングやガイド、サポートをします。相手を尊重する“人間的なかかわり”といえそうです。
例えば、自閉症の子どもが手当たり次第になんでも壊してしまう場合、どう対処するか?「壊してはいけないよ」と教えて、その子を変えようとすることが多いと思います。しかし、ペタゴーは、“壊してもいい場”を用意します。するとそこでは壊すことが正しいこととなり、それ以外の場で物を壊すことはいけないのだと、自閉症の子どもが気づくように導けるのです。
時には、厳しい言葉で伝えることが必要な場合もあります。でも、それは「よくない行動をしたこと」についての指導トレーニングであり、その人個人を否定してはいけません。ベンツさんは「これを相手にわかるように伝えることを忘れてはいけません」と強調しました。
このようなペタゴーの哲学と手法は、日本のケアの現場でも役立ちそうです。

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■ペタゴー
ペタゴーの始まりは1930年代。1960年代後半になると、大規模施設で病人として治療されていた知的障がい者を地域に戻そうという、ノーマライゼーション運動が起こり、彼らに必要なトレーニングを適切に行える専門家であるペタゴーの哲学と手法が深化した。
■ベンツ・ラワーセンさん Bent Laursen
父は鉄鋼業の職人。ベンツさんも10代のころは大工の職業学校で学んだが、20代で大学に進学しペタゴーとなる。30代で知的障がい者の社会生活を支える活動を行政に提案して採用され、オトゴップ市知的障がい者通所施設を開設。その後、40代には大学院で心理学、60代には再び大学院でリーダーシップを学んだ。施設を退職し、今後は妻、いつみさんの故郷である日本で、介護・福祉従事者との交流を増やす予定。

→続きは本誌で(コミュニティケア2015年1月号)