通訳ブースから見た世界の看護とナース〜 マルタCNR・ICN学術集会リポート

INR 誌の ICN ニュース記事「International Perspectives」の翻訳をお願いしている渡部富栄さん(大東文化大学大学院・青山学院大学兼任講師/看護師・会議通訳者・翻訳者)は、日本看護協会が参加する国際会議や、海外ゲスト来日の際などで、数多くの通訳をご担当されています。

 

先月、マルタ共和国で開かれた ICN・CNR 学術集会でのお仕事の様子を、今回本誌のために特別にリポートしていただきました。看護師でしかも通訳者という視点を活かした興味深い内容です。

 

この内容は、本誌夏号(152号:7月刊行)の誌面に掲載しますが、渡部さんのご厚意により、一足早くこのページでも紹介させていただきます。

 

 

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『通訳ブースから見た世界の看護とナース〜 マルタCNR・ICN学術集会リポート』

 

2005年から ICN の通訳に携わっている筆者にとって、4回目のCNR・ICN 学術集会が終わった。ここでは、普段あまり知ることのできない ICN の通訳のこと、そして通訳ブースからみた世界の看護やナースについて紹介したい。国際会議への関心の一助になればと期待する。

 

開会式(クリックして拡大)

ICNの通訳システム


通訳ブースを見たことがあるだろうか?

 

地中海の島国、マルタ共和国の首都バレッタにあるクラッシックな国際会議場 “Mediterranean Conference Centre” 内の Republic Hallでは、桟敷席の一段後方に通訳ブースが4室並んでいた。舞台に向かって左から英語・フランス語・日本語・スペイン語のブースになる。

 

ICN の公用語は英語で、使用言語は英語・フランス語・スペイン語だ。世界中からの幅広い参加者が、言葉の不利なく対等に参加できるように、ICN はこの3カ国語の通訳を提供している。

 

それ以外の通訳については必要時、当該国の会員協会が個別にお金を払って整備する。日本語通訳は、日本人参加者のために日本看護協会が整備したものだ。こうしたやり方は、国連関係機関など主要国際組織の会議でも同じである。

 

会場で、ある日本人参加者から「スペイン語も訳せるのですか?」と尋ねられた。スペイン語で発言があった時も通訳の声が変わらなかったので、そう思ったそうだ。

 

でも実際は違う。スペイン語かフランス語で発言があると、日本人通訳者はブース内の機材のスイッチを切り替え、訳されている英語を聴いてそれを日本語に訳すのである。

 

同様に日本語の発言があると、日本人通訳者が訳した英語がフランス語とスペイン語に訳されていく。これを「リレー通訳」といい、医療と同じく国際通訳チームによる連携プレーである。

 

国際会議における同時通訳は、欧州を中心に国際連盟、ニュルンベルグ裁判などを経て発展してきた。ICN の通訳サービスもその歴史の延長上にあり、現在の国際基準に即した高いレベルになっている。

 

 

開会式の通訳ブース(クリックして拡大)

 

マダム・チェア(Madam Chair)!


学術集会前に開かれる CNR(各国代表者会議)では、発言に際して席上の国名カードを高く上げる。議長(Chair)から指名された者は、“Thank you, Madam Chair” と言って、名前と所属協会名を告げる。

 

CNR の議長は ICN 会長が務め、歴代すべて女性であるため「マダム・チェア」になるのだ。この言葉が議場に響くと、いよいよ大会の始まりである。

 

 

看護の存在感と言葉の使い方


民主化デモが拡大する中東の国バーレーンで、ナース24人と医師23人が政府によって拘束された。これを受けて、「医療職者が倫理的なケアを提供できるようにするのは政府の責任である」ことを訴えた声明が、CNRで採択された。

 

声明の文言は、当初 ‘the world’s physicians and nurses’(世界の医師とナース)であったが、nurses を先に記すべきと提案され、‘the world’s nurses and physicians’(ナースと医師)と修正された声明が最終決議された。

 

看護と看護職の立場を守り高めていくために、言葉の選択には注意が必要だ。その姿勢は ICN のコミュニケーション全般に一貫している。例えば、「医師」は doctor ではなく physician である。前者はPhDやMDなどの博士号保持者に用いるもので、看護にも doctor はたくさんいる。

 

また看護の文脈では「医療」はmedical careではなく、healthcareか health の語を使う。健康を守るという大きな視点からだ。同様に「医療職者」は、healthcare professionals または health professionals で、対等な立場の専門職者としてナースと医師の双方に使われる。

 

さらに、労働問題の文脈では(healthcare)workers という語句を使うこともあるが、ナースの位置づけは workers(労働者)ではなく、professionals(専門職者)だ。

 

 

プレーナリーセッションが行われた Republic Hall の前の騎士像(クリックして拡大)

 

動のメイソンvs.静のエイケン


国際会議の醍醐味は、世界のナースに会えることだ。今回、非常に対照的な印象を受けたのが、以下の2人のビッグネームだった。

 

ダイアナ・メイソンは、American Journal of Nursing 誌の編集長であり、「看護と政治」では世界的な論客だ。基調講演と最後の看護政策のセッションで2回登壇した。ゆったりとした服装で現れ、身振り手振りを交えながら、写真を加えたスライドを使ってパワフルに話を展開する。

 

最初は枯れ気味だった声が徐々に出るようになり、声に力がこもってくる。ナースが提供するプライマリーケアは社会の格差を是正する大きな力を持つことと、質の高い看護ケアを提供できる政策実現のためにナースの発言の必要性を力説。

 

また、研究はそれだけで終わってはならず、政策変更のためにその結果を使わなければならないと強調していた。

 

もう1人、ペンシルバニア大学教授で看護労働研究では世界的な第一人者のリンダ・エイケンは、カチッとした服装で現れ、静かに淡々とよどみなく話す。

 

彼女は欧州の共同研究連合 RN4CAST(registered nurse / forecast)による、ナースの離職と患者のアウトカムに関する研究の途中成果を報告した。

 

視覚に訴えるスライドはメイソンと共通するが、こちらは多国間調査のデータを比較したグラフを多数使っている。

 

興味深かったのは、看護労働インデックスの1つに「ナースと医師の関係」があり、関係そのものよりも対等な協働によるチームワークになっていない点に、ナースが不満を持っていることだった。

 

 

今大会の注目の言葉


国際会議では、新しい言葉が紹介されたり、後日ブレイクする言葉が使われたりすることがある。今回は次の2つが注目だ。

 

1)Perivention

これは、positive practice environment(働きやすい実践環境)のセッションで、職場の暴力に関する話題の中で紹介された全く新しい言葉である。Prevention(予防、すなわち事前対策)と postvention(事後対策)の間にある、暴力の発生前後をまたぐ期間での対応策のこと。

 

peri は perinatal(周産期の)や perioperative(周術期の)の「周」と同じ意味で、出所は Michael R. Privitera(2010) : Workplace Violence in Mental and General Healthcare Settings, Jones & Bartlett Publishers のようだ。

 

2)Non-communicable disease(NCD:慢性疾患、生活習慣病)

直訳は「非感染症」だが、「慢性疾患」か「生活習慣病」と訳す。辞書には出ておらず、プロ通訳者でも「非感染症」と訳してしまう人が多い。

 

WHO によると、全世界の60%の死因が NCDで、先進国/途上国両方に影響を与えている。ナースの役割は大きい。

 

 

東日本大震災への関心


最後は、日本への強い関心について。東日本大震災における日本看護協会の災害支援ナースの派遣対応は、‘innovative and creative way’(全く新しい、工夫を凝らしたやり方)と賞賛され、訳していて誇らしかった。

(文と写真・渡部富栄)

 

 

 

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〈編集部より〉

 

◯ 弊社月刊「看護」7月号で、マルタでの CNR・ICN 学術集会の様子を詳しくリポートします。

 

◯ 渡部富栄さんのご著書『対人コミュニケーション入門:看護のパワーアップにつながる理論と技術』(ライフサポート社)が出版されました。看護師がコミュニケーション・スキルを学ぶ上で押さえるべき「基礎知識」を網羅し、聴く・質問する・自己開示する・フィードバックする・投げ返す・説明するなどの「実践スキル」が紹介されています。また「治療的コミュニケーション」「存在感を高める力」「コンフリクト(ニーズが対立する中で生じる緊張)・アプローチ」など、対人関係能力をパワーアップする最新知識も収められています。

 

◯渡部富栄さんのブログ(マルタでの通訳の話題をさらに詳しく紹介されています)。→ 「コミュニケーション(看護における対人コミュニケーション、通訳/翻訳)仕事を通して考えること」