当たり前の看護に誇りを持つ
吉田:私は「ワンシーンの看護に誇りを持てる」教育にしていくことが大事だと思います。例えばエレベーターの前で、どこへ行ったらいいかわからない人を見て、その人の持ち物とか素振りなどから行きたい場所を察してご案内するといったことを、自分の仕事として誇りを持って行ってほしい。点滴の針をトイレに行く前に抜いたほうがいいのか、それとも点滴液が入りきってからのほうがいいのかといった、一瞬ごとの判断の連続で看護は続いていくんだから、相手の人生全体を抱えなくてもいい「ワンシーンの看護」にもっと誇りを持てる仕組みがあれば、もう少し皆、生き生きと毎日働けるんじゃないでしょうか。
三井:むしろ、そういう「当たり前のケア」をやっていることに、どうして誇りを持ちにくいのかが気になります。これは介護の人でも思うんですが、看護の人はとてもvulnerable(傷つきやすい)ですよね。誇りは持っているけれど一方で怖さも常にある。どんなに優秀で患者にできる限りのことを尽くしたとしても「もっとできたのではないか、こうしたほうがよかったのではないか」と、どこかに後悔を残してしまいます。あるいは周りも、失敗談などを話した時などの反応がすごく厳しかったりする。そういうものが、素直に誇りを持って生き生きと働くことの邪魔になっているのではないでしょうか。
吉田:そういうふうに当たり前のケアを素直に誇りに思うことができるようになるには、看護師が自分のいつもの当たり前の「枠」から出たり、線引きのしかたを自ら変えようとする時に、リスクとして意識されるのかもしれません。そこでもやはり重要なのは、窮地にある自分自身やそれを取り巻く状況に対する視点をずらせるような眼差しを持つことだ思います。これは第2回の対談で矢原隆之さんが深く語ってくれました。また、三井さんが『ケアのリアリティ:境界を問いなおす』(法政大学出版局)で書かれていた「場」の話ともつながりますね。つまり、ケアや支援というものはケア提供者の振る舞いだけを取り出して説明することはできないんじゃないかと。場という発想を持つことでそれとは異なる視点が切り拓かれるんだと。
三井:場のことは、自分がそこに身を置いて肌身で感じないと本当にわからないですよね。それは、たとえ結構老練なナースであっても、なかなか言語化ができない。
吉田:そう。それは例えば、カウンセリングと看護や介護の仕事に違いがあるとすれば、カウンセリングは、患者が自分の苦しみを解決できるようにしていくこと自体に能力や役割が求められるのに対して、私たちはどちらかと言うと「一緒に苦しむ」んですよ。うまく表現しにくいですがそういうことなんですよね。
三井:そう。ある意味で、苦しみは取らなくてもいいんです。
吉田:三井さんは、ケアを提供する一人ひとりの能力とか専門性を超えて、ケアの「場」そのものに力があるって書いていますよね。その人の背景など知らずとも、温かい日差しを共有し、庭の花を眺めて、きれいだねって言い合う。そういう人と人とが織りなす時間と空間であるケアの「場」に力があるんだと。
私ね、今日、わかりました。私の言葉でいう「ワンシーンの看護」とか、三井さんが言っていた「当たり前のケア」っていうのはそういうことかなって。看護師が病院という非日常の中に、少しでも「生活」を持ち込もうとしているのは、そういうケアの「場」を自分という看護師と、目の前のたった一人の患者との向かい合っている時間と空間の中に、温かい日常をちゃんと守り抜こうとすることなんじゃないかなって。
点滴だらけ、器械だらけ、規則だらけ、ほとんど自分では選べないスケジュール……。そんな病院という医療の場に、看護師が患者とそばにいるそのワンシーンを「ケアの場」にできる存在になりたいなと。そういう看護師がいっぱいいる病院になるようにしていけたらなって思いました。三井さん、これからもずっと、いろいろ看護師に向けてメッセージを書いてくださいね!
(2013年11月22日・東京女子医科大学にて)
〈終〉
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これまでの対談
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●第2回(6月号)
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●第3回(8月号)
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テーマ「生活を支えるためのケアとは」
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