はじめに

 

この連載では、哲学、とりわけ「現象学」という哲学が用いるキーワードのうち、看護研究や看護実践に関わりが深いと思われるいくつかを取り上げて解説し、それらを手がかりにして看護事例を考えてみたいと思います。

 

まず、「現象学」(phenomenology)という哲学についてですが、これは古代ギリシア以来、2600年あまりの歴史を持つ「哲学」という学問の営みのなかで、20世紀に登場してきたいわゆる「現代哲学」の一つの大きな流れを指します。

 

ドイツ系の哲学者フッサール(Edmund Husserl, 1859-1938)によって創始され、それがドイツの哲学者ハイデガー(Martin Heidegger, 1889-1976)や、フランスの哲学者メルロ=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty, 1908-1961)らによって受け継がれて、「現象学運動」と呼ばれる大きな思想運動となり、20世紀後半以降の現代哲学や現代思想に大きな影響を与えました。

 

現象学は哲学と思想の領域を超えて、社会学や宗教学、文化人類学、精神医学などにも、その思想や方法が取り入れられて、少なからぬ影響を与えましたが、1970年代ごろからは看護理論でも応用されるようになり、英米圏では1990年代ごろから、また日本でも2000年代以降、看護研究において「現象学的アプローチ」や「現象学的研究」が盛んに行われています。

 

日本看護協会出版会のこのホームページで、「教養と看護」という特集が組まれ、「教養」として主に哲学、とりわけ現象学という哲学が取り上げられているのも、この流れの一つだと思います。この特集で「哲学入門」の連載を持たれた杉本隆久先生も、先に名前を挙げたメルロ=ポンティの現象学をベースにしながら、読者の皆さんを「哲学」の世界へと導こうとされています。

 

読者のなかには、ハイデガーとメルロ=ポンティの現象学を取り入れて現象学的看護理論を展開しているパトリシア・ベナーや、わが国でメルロ=ポンティの現象学から手がかりを得ながら独自の現象学的看護研究を行っている西村ユミ先生の魅力的なお仕事に刺激を受けて、「私も現象学をベースにした研究や実践をしてみたい」と思われる方は少なくないと思います。

 

しかし、「現象学」とはいったいどのような哲学なのか、そこで用いられている用語は一体どういう意味なのか、それを理解するのは、決してたやすいことではありません。そこでこの企画では、看護研究や看護実践を行うにあたり「現象学」という哲学を理解してそれを手がかりにしたいという方々のために、いくつかのキーワードの解説をし、それらを手がかりにして看護事例を捉え、考えてみたいと思います。

 

一つひとつのキーワードについて、その解説を踏まえて西村ユミ先生に看護事例を呈示していただき、さらにまたそれを、キーワードを手がかりにして読み解いていきます。この企画が、現象学に関心をもつ看護学研究者や看護実践家の方々に、少しでもご参考になれば幸いです。

 

榊原 哲也

(事例提供:西村 ユミ

第1回 現象(意味)

第2回 意識の指向性と態度

第3回 身体の志向性

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

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