自分が必要とする“物差し”は?
吉田:先生は今度どこを目指されるのでしょう。
吉村:施設や設備、サービスがたくさんあってこれまでハッピーと思われていた地域こそ、実は全体を見るような人材が必要なんです。それには自分が直面した状況の中で自力でキーパーソンを見つけたりネットワークを開拓しながら、活動できるような人材を育てていければいいかなと思っています。それは一人ではできないので、関わっているみんなを巻き込んで、みんなで育てるような方法でね。
吉田:先生にとって医師という職業は「手段」なのかもしれませんね。
吉村:そうなんでしょうかね。医者であったり、教育者であったり、地域活動家であったり、いろんな仕掛け人だったりですね。
吉田:目指すべきゴールがまずあるからそうなるんでしょう。
吉村:そう。だけど自分の中にもジレンマのようなものがあって、医者としてプレステージや名声を得ようとすると「心カテがいくつできて」「認定がいくつあって」という医者の業界の物差しで比べちゃう。「それってちょっとおかしいんじゃないか」と思う自分がありつつ、友達と会うとやっぱりそういう話になるので、気持ちがぐらぐらしちゃう。だけど「地域に必要とされるドクターとは? この眼の前にいる人の役に立つ医者ってなんだろう?」と考えると、やっぱりその物差しじゃないですよね。地域の保健師さんや看護師さんが求めているような医者と、現実の医師とのギャップは大きいし、イギリスやアメリカの家庭医に聞くと「君のような医師のほうがむしろメジャーで最先端だから頑張れ」と背中を押されるんですよ。やっぱり自分も生身の人間なので、そんなふうに揺れるんです。
吉田:それを聞くとほっとします(笑)。でも、先生のような物差しのお医者さんがもっと生まれてこないと、これから本当に困りますよね。大学教育に携わる人とか、文科省の教員評価基準をつくっているような人、教育改革に関わる人の中にも。
吉村:リーダーシップの問題で言えば、例えば自分自身はもともと、そういう器のある人間ではないと思っていたんです。だけど本来それはちゃんと教育されるべきものなんです。看護師さんの中でも、普通の人たちが自分でリーダーシップを執れるようになるための訓練を、卒後教育にしっかり織り込んでいくべきです。その地域にある問題だとか、限られたお金を何に使うか、どう合意形成するか、どのように旗を振るか、そういう問題解決能力をこれからは国をあげて鍛えていかなければならないと思います。
吉田:先生のさまざまな取り組みをお聞きして、地域医療・社会の中で、そこでの働き方や教育をいかに劇的に変えることが可能なのかを知ることができました。一方で、病院の中で働く今の看護師は、入院期間短縮に象徴されるような医療政策の中で、一人ひとりの患者と生活者としてしっかり出会い向き合うことが難しくなっているように思います。新卒などを受け入れる枠組みが医師の研修のように地域医療の場にできればいいんですが、現状の訪問看護ステーションでは教育に投資する余力など全然ない。特養やクリニックで働く看護師たちの生涯発達を支援するソーシャルな仕組みをつくれば、人材も集まるかもしれませんね。自分にできることは何かを考えて行きたいと思います。今日はどうもありがとうございました。
(2013.9.8 岐阜羽島にて)
〈関連情報〉「やまびこの郷」での吉村先生の活躍が、日本テレビの「未来シアター」で紹介されました。→「出前医師」吉村学
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