『地域ケアを見直そう』(備酒伸彦著/医学書院)役に立つ地域ケアとは何か。障害高齢者の実像を浮き彫りにしながら、その生活実態にあったケアのあり方を見直し、ケアサービスの科学性を検証する。ケアのプロデュース&マネジメントの指針となる実践例を多数紹介している。
立ち止まって考える仕掛け
吉田:看護学の場合、そこはむしろ昔から葛藤してきたかもしれません。私たちも確かに疾患別・診断別の勉強を強いられてきたことは事実なんですが、看護学はその当初から、看護というものがあまりにも状況に依存していて、何が「良い」ことなのか医学では説明がつかない場面がたくさんあるということに向き合ってきました。例えばコップ一杯の水を今このタイミングでこの患者さんに差し出すことが、その人の喉の渇きを癒すという価値を持つ場合もあれば、面会者との会話を遮る余計なおせっかいになる時もある。そもそも、そのコップを自分で手に取り、水を飲む行為を手伝うことが看護になるのか、ならないのか、ということがすべて文脈の中で考えていかなければならないんですね。つまり「正解がない」ということが、すごく早くにわかってしまったんです。
ただ、あらゆるナースが昔からそれをわかっていたわけではないし、誰もが現象学に親しんだり哲学者の本を読み込んでいるわけではないのです。でも理学療法士も看護師も同じだと思うのは、一人のクライアントに出会い、その人と向き合って「答えがない」ことを突き付けられた時に、知らず知らず哲学しちゃうってことはありますよね。
備酒:そういうケアの従事者は、私の知る現場ではまだまだ圧倒的に少ないから、もっともっと増えていくべきだと思いますね。
吉田:備酒先生の書かれたものなどを読んで思ったのですが、例えば「車椅子の人と話す時には相手に合わせて目線を下げるものだ」という原則に対して「それって、ほんとにいいの?」って気づけるか、とありましたが、これは時には話し相手がいちいちしゃがんで目の前にいるのが煩わしいとか、不自然ということがあるってことですよね。そういうことに気づける感受性というのは、ただ患者さんと向き合っていればできることじゃないと思うんです。立ち止まって考える何かの仕掛けがなければ気づかないだろうと。哲学がその「仕掛け」だとすると、先生はそもそも、そういう視点を持っておられたんでしょうね。今の看護、理学療法士の世界もそうかもしれませんが、ガイドラインやさまざまな標準化ツールによって目の前の「答え」が手っ取り早く用意されるようになったせいで、「それって、ほんとにいいの?」と、立ち止まって考える機会を与える仕掛けが、あまりにもなくなっているんですよ。なので「2年間は哲学を」というお話は、そういう仕掛けをつくるという発想として大変意義のあることだなと思いました。
(2013.7.5 日本看護協会出版会)
『高齢者リハビリテーションと介護 決定の自立を支える100のヒント』(備酒伸彦著/三輪書店)高齢者リハビリテーション・介護の知恵を「100のヒント」の形式でまとめたもの。これらのケアに携わる人々が自信を持って現場で働くための工夫と知識が散りばめられている。
これまでの対談
●第1回(4月号)
中原 淳(人間科学)vs. 吉田澄恵
テーマ「仕事の場で学ぶことや教えることの意義、面白さ」
●第2回(6月号)
矢原隆之(社会学)vs. 吉田澄恵
テーマ「リフレクティング・プロセスを用いた多職種間協働と臨床スタッフの研究支援」
●第3回(8月号)
水附裕子(透析看護)vs. 吉田澄恵
テーマ「経験した知恵を持ち合う場をつくる」
日本看護協会出版会
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