滋賀県近江八幡市の地域と連携しながら実施された展覧会『アール・ブリュット☆アート☆日本3』(2016年3月1日~23日)にて開催された座談会「ボランティアスタッフが観て感じた“アール・ブリュット”」(2016年3月20日@酒游館)の様子。アサダもファシリテーターとして参加した。

 

 

前回は、滋賀県近江八幡市 ボーダレス・アートミュージアムNO-MAの運営責任者であり、社会福祉法人グローの理事長である北岡賢剛が、障がい者が地域生活を営むための支援の延長で、芸術活動を推進することにこだわり、アール・ブリュットという西洋の美術概念を手がかりに、福祉分野を超え、また国境を超えてさまざまな交流と折衝を行ってきたプロセスを紹介した。そして今回は、改めて連載タイトルにある「地域福祉の実現に並走する美術館運営という支援」をよりダイレクトに表わす事例を通じて、これからの社会で実現すべき「地域福祉」の幅について考えていきたい。その事例とは、NO-MAが2014〜2016年まで3回にわたって企画し、近江八幡市の町家や旧郵便局、商店などと連携しながら開催した「アール・ブリュット☆アート☆日本」だ。

 

 

地域とともにある展覧会づくり

 

2014年は、NO-MAが開設10年を迎える節目の年。それまでNO-MAでは、全国および海外(主にアジア圏)のアール・ブリュット作品の調査を重ねてきた。さまざまな福祉施設や医療機関、また個人の自宅やアトリエなどに訪れ、そこで出会った作り手や作品を幅広く紹介したいという思いから、この年の3月に大規模な展覧会「アール・ブリュット☆アート☆日本」の第1回を開催する。出展作家ひとり一人の魅力や、現代アーティストとのボーダレスなコラボレーションの醍醐味はさることながら、これまでのNO-MAの企画展には見られなかった大胆な挑戦があった。それは、近隣の町家などとの連携だ。

 

 

『アール・ブリュット☆アート☆日本』第1回(2014年3月1日~23日)のパンフレット。近江八幡市街地の町屋など様々な会場を巡りながらアール・ブリュット作品を体感。

 

 

町家の持ち主、管理している団体、町家を活用して地域づくりを行っている団体などと連携し、合計8会場にもわたる展示を実現。各会場にはテーマが設けられており、たとえば奥村邸(重要伝統的建造物群保存地区の永原町にある江戸時代後期の建物。かつては呉服屋が営まれていた)は「表現の力」と題して、魲万里絵や、本連載でも取り上げた伊藤喜彦などの繊細かつ大胆な表現の魅力が紹介された。また、近江八幡まちや倶楽部では「巨大作品登場」と題して、古久保憲満の10mを超す大作が展示されるなど、全会場の中でひときわ広大な建物の特徴を生かした展示が実現されている。旧吉田邸(近江兄弟社創業者の一人、吉田悦蔵の邸宅。建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した現存する大正時代築の西洋館の一つ)のテーマは「こだわりの愛」。河野咲子の生み出す可愛いけど不気味な大量の人形群や、宮間英次郎が生み出す奇抜なファッションとそれを纏った彼の日常の様子などが紹介された。

 

来場者には、作品の魅力とともにその展示空間である建築や会場間の街並が放つ魅力にも触れていただく。この意図は、そもそもNO-MA自体がこの地域の町家をミュージアムとして改装したものであり、その運営は常に地域の方々の協力とともにあったということに対する感謝の表明でもあり、「障害福祉×アート」の力でどのような地域発信・地域交流を生み出せるのか、そのひとつの実験でもあった。

 

2015年2月〜3月には続編「アール・ブリュット☆アート☆日本2」が開催された。特徴として、町家会場のみならず、地域の商店―食堂、時計店、文具店、金物店―のショーウィンドウにも作品が展示され、前回よりも一層地域と連携した展覧会になっている。前回の町家会場での展示は、あくまで建物の中に入らないと、また入場料を払わないと観ることができなかったが、この「町なかショーウィンドウ展示」は無料。展覧会に参加する意図が特にない観光客や地域住民も「あれ?!これなんだろう……」と言ったように、ふとした瞬間にアール・ブリュットとの出会いが訪れる。来場者にとっても、より一層街並を意識しながら作品を体験でき、また時として商店主の方とのコミュニケーションも生まれるのが興味深い。

 

 

 『アール・ブリュット☆アート☆日本2(2015年2月21日~3月22日)にて展開された「町なかショーウィンドウ」の一例。大江正章の動物や雛人形の造形物が、初雪食堂のショーウィンドウに展示された。

 

 

アール・ブリュットを通じて普段出会わない人たち同士がこの近江八幡のまちで会話し、交流する。NO-MAが10年かけて培ってきた地域との関係性が存分に生かされるこの「アール・ブリュット☆アート☆日本」展シリーズだが、実は運営面においてさらに興味深い取り組みがなされていた。それがボランティア・スタッフとの協働だ。

 

 

ボランティア・スタッフ、それぞれの動機

 

「アール・ブリュット☆アート☆日本」では、運営をサポートするボランティア・スタッフを募集した。第1回では会期20日間で61名、第2回は26日間に延び会場が増えたこともあり、募集案内の周知に力を入れ82名が参加することになった。また、第3回では会場数は減ったものの、前回と同数の82名が参加。これまでのべ225名がこの展覧会の運営に関わったことになる。

 

近江八幡市内をはじめ、県内でも米原市や高島市など比較的遠方の方、また県外からは大阪府や奈良県からの参加もあったという。年齢層も10〜70代までと広く、高校生、主婦、幼児を連れたお母さんや、リタイアされて地域活動を行っている方など多様だ。障害福祉に関心がある(あるいは支援に携わる仕事をしてきた)、アール・ブリュットなど美術が好き、また対人関係に課題を抱えていて社会に出ていくステップとしてやってみたい、という理由など参加動機もさまざまだ。

 

 

 『アール・ブリュット☆アート☆日本3』(2016年3月1日~23日)の会場 奥村邸の様子。魲万里絵の作品に囲まれながら、ボランティアスタッフが語らう。

 

 

役割は、町家など各会場の開錠や施錠、受付、見回り、作品解説を含めた来場者への対応など幅広い。僕が会場に足を運んだ際は、来場者に積極的に作品や町家の魅力について語りかけたり、受付を担当する2人組が作品の見方について熱いやりとりを交わしている様子に立ち会った。彼ら・彼女らからは、単なるお手伝いにとどまらない充実したコミュニケーションの存在を感じ取ることができた。ボーダレス・アートミュージアムが発行するニューズレター「野間の間」でのインタビュー記事を参照に、いくつか生の声を紹介しよう。

 

 

<奥村邸会場を担当した川村嘉男さんのお話>

 

NO-MAのすぐ近くにある青果店を営んでこられた川村さんは、シニア世代が通う滋賀県内の市民大学「レイカディア大学」の受講生。そのなかでレイカ34(さんし)会という、奥村邸の保存・活用をされているグループのメンバーでもあり、奥村邸の荒廃した庭や建家を整備した縁からボランティアに関わった。これまで3回連続皆勤賞の参加だが、当初は「正直なところ、アール・ブリュットの展覧会を通して、奥村邸のPRをしようと思っていた」とのこと。ところが作品と実際に出会うなかで、とりわけ魲万里絵の作品の魅力に取り憑かれることとなる。川村さんはこう話す。

「野間の間」17・19・20号の「近江八幡スタイル」を参照。バックナンバーはこちらからダウンロードできる。

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>> 連載のはじめに・バックナンバー

第五回

地域福祉の実現に並走する美術館運営とい「支援その4

― みんなの「居場所」となる展覧会は、新たな地域福祉のカタチだ ―

  • >> 今回の視点 〜 編集部より

    社会福祉法人グローによるNO-MAの活動は、アートによる表現を介して福祉の場やそこでの関係性を地域にひらいていく……いや「ひらく」というよりも、支援ということばで隔てられた二項的な立場の境界を自然に溶かしていくような、当事者性の統合がそこでは実現されているようです。

     

    自身と他者の差異に対して、ふだん人は誰もがあらかじめ社会や世間に用意された枠組みにしたがいながら生きています。支援する者/される者であったり、ケアする者/される者であったりというように。しかし、そうした枠組みは現実の社会において、個別性に富んだ多様な人々が自由で居られる「場」をうまくつくれるとは限りません。むしろそれを疎外する働きすらはらんでいます。

     

    アサダさんのいう「出会い直し」を、そうした場づくりのために必要な「枠組みの解体作業」とするなら、いま社会で求められているダイバーシティ(多様性)と、それにもとづくインクルージョン(包括性)の実践プロセスの姿がそこに見えてこないでしょうか。

     

    ── 個々の(そこにだけ関心が向かいやすく、かつ世間ではマイナスと捉えられやすい)属性を超えて向き合える場は、誰にとっても必ず必要なものだ。それは障がいの有無に限らない、誰しもが抱えるある種の生きづらさを、直接語らずとも、その人と人の「間」で感じ取りながら、自分の「次」の可能性を仄かにそっと摑み取る場。

    (本文より)

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