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2006年、スイス・ローザンヌ市のアール・ブリュット・コレクションにて。日本の障害者が制作した造形作品の魅力を紹介している北岡。(撮影:高石巧)

 

前回は、滋賀県近江八幡市 ボーダレス・アートミュージアムNO-MAの運営責任者であり、社会福祉法人グローの理事長である北岡賢剛の、大学時代〜信楽青年寮での地域福祉の実践について紹介してきた。なかでも信楽青年寮に通う知的障害のある人たちが、信楽のまちの陶器工場に働きに出る、1980年代〜‘90年代前半ではとても斬新だった地域就労の取り組みは、北岡も製作に関わった映画「しがらきから吹いてくる風」(西山正啓 監督/1991年)によって全国に知られ、また、その映画に登場する伊藤嘉彦や酒井清を始めとしたユニークな粘土造形の勇たちの存在や、彼らに心底惚れ込んだ美術家たちとの恊働もあって、現在の日本の「アール・ブリュット」(後述)に繋がる、さまざまな造形活動の流れが生まれた。

 

2000年に信楽青年寮を退職した北岡は、2001年に在宅福祉事業を核とした地域福祉サービスを展開するために、湖南市に社会福祉法人オープンスペースれがーとを立ち上げる。ここでは、24時間対応型ホームヘルプサービス、就労支援事業所、障害者・高齢者相談支援事業、ケアホーム、高齢者のデイサービス、子育て支援事業をはじめ、れがーと内に設けられたアトリエ「ばんばん」にて造形活動や音楽活動なども盛んに行い、それら表現活動の発信にも取り組んで来た。

 

そんな北岡の活動に、一人の人物が注目する。1998年〜2006年に滋賀県知事を務めた、國松善次だ。國松は、滋賀県庁出身の知事であり、教育委員会文化部長と県立近代美術館館長の兼務、また厚生部次長、健康福祉部長、総務部長を歴任するなど、福祉と文化、双方の政策に深く関わって来た人物だ。彼は、知事就任後まもなく北岡と出会い、既に障害福祉分野では全国的にその名が知れられるようになっていた北岡の発想力と行動力を買って出た。滋賀県から新しい地域福祉の形を創り出したいという思いをもって、全国数多ある社会福祉事業団の中では珍しい「企画事業部」というセクションを創設。その責任者に北岡をあてたのだ。

 

そのセクションに文化芸術推進課が入ったのは、もちろん青年寮で伊藤嘉彦のような数々の才能や、田島征三のようなアーティストとの出会いの積み重ねとしての北岡のビジョンがあってのことだが、同時に、國松にも「障害のある人たちの表現に出会える美術館を創りたい」という、近代美術館館長時代からの抱いていた夢があったという。「この子らを世の光に」といった糸賀一雄を生んだ滋賀県だからこそ、「障害」をマイナスからゼロに持ち上げるだけでなく、いわゆる「支援」とは異なる角度から、ある意味で「最初からプラス」と捉えるひとつの試みとして、(國松の言葉では)「障害者美術館」を創設すること。この國松の抱いた夢は、障害も健常の間に横たわる境界をも超えてゆく「ボーダレス」というコンセプトのもと、國松の予想を超えた形としてのNO-MA開館の構想へと導かれていく。

 

 

2004年、NO-MAオープンに際しての関係者の記念写真。右3番目から右端へ順番に、國松、北岡、アートディレクターのはたよしこが並ぶ。

 

 

「アール・ブリュット」との出会い

 

さて、北岡はNO-MA開館から2年後の2006年に、スイスのローザンヌにプライベートで訪れている。理由は、この地にある美術館「アール・ブリュット・コレクション」の館長 リュシエンヌ・ペリー(当時)に会いに行くためだ。第二回でも説明したが、再度「アール・ブリュット」という言葉について触れておく。Art Brut(仏語)は訳すと「生の芸術」という意味で、artは芸術でbrutはワインなどが生(き)のままである状態を指す。「正規の美術教育を受けてないひとびとが、既成の概念にとらわれずに衝動のままに表現した芸術作品」という意味で、画家のジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet)が1945年に考案した概念だ。

 

北岡は信楽青年寮時代から長年、障害のある人の造形現場に関わる中で、これらとてつもなく心を揺さぶる作品を純粋にアートとして社会に発信したい、という思いを強めていた。しかし日本国内では、障害者のつくるアートということで「福祉の一環」と看做される傾向にあり、美術関係者がこれらの作品をまともに評価をする機会が極めて少なかった。そんな折に、とある美術関係者から「海外にはアール・ブリュットという概念があり、スイスにはアール・ブリュット・コレクションという美術館がある」と教えられた。北岡はこう語る。

 

日本の現状を何とか変えたい。日本でもアール・ブリュットという概念を持って紹介されることによって、彼らの作品の魅力が正当に認められるのではないか、そういう思いが、私をスイスに向かわせた。海外で美術としての評価を受ければ、日本は変わる。そんな思いだった。作品や図録など、持てるだけ持って先方とは約束もせずに、飛んでいった。

(『Go! コミュニける』連載コラム「いろいろあってもあるきつづける」Vol.4)

 

 

アール・ブリュット・コレクション訪問時。中央が館長のリュシエンヌ・ペリー氏。(撮影:高石巧)

 

子どもの学資保険を解約して旅費を捻出するなど、思い立つと同時に身体を動かす北岡の実行力はやはり並外れている。そうして現地に着いた北岡は、同行させた通訳を通じて訪問の目的を話し始めたが、なにせ、突然大きな荷物を持った日本人の訪問である。学芸員は画商が売り込みに来たと思い込み、館長も不在を決め込んでいたという。

 

しかし、北岡が澤田真一(滋賀県草津市在住)のトゲトゲの造形作品を取り出したところ、学芸員の空気が一変。何度も「ワォ…!」と小さい声で感嘆し、急いでスーツケースからカタログや資料を取り出そうとした北岡を制止して、事務室まで案内してくれたという。そして館長のリュシエンヌ・ペリーが現われ、長い時間をかけて舐めるように作品を丁寧に見つめ「日本にはこんなに優れた作品がたくさんあるのか?」と尋ねた。北岡は「たくさんある」ことを伝え「それらの作品の価値が日本では十分に認められておらず、不適切な環境下で管理されている」ことを重ねて伝えた。この出会いからアール・ブリュット・コレクションとの連携事業が始まり、北岡の目論んだ「海外からの正当な評価」という大きな足がかりとなった。

 

その後、リュシエンヌ・ペリーは、作品調査のために来日し、滋賀県草津市の澤田真一の制作現場に訪れている。この現場に立ち会った齊藤誠一(現・GLOW法人本部企画事業部次長兼アイサ所長)が、後日、興味深いことを語っている。

 

田んぼのあぜ道を抜けた場所にある山間の窯場で、一心不乱に制作に没頭する作者の傍らに館長は静かに座った。それからしばらく、まるで超能力で交信でもしているかのようにじっと制作の様子を見つめたのだ。その時間、窯場は、砂利道を歩く音でさえ、うるさく感じられてしまうほどの静寂に包まれていた。そこにいた窯場を管理する施設長や私たち、報道関係者には目もくれず館長は作者が制作する様子を凝視していた。

 

この頃の僕は、グループホームの設立を地域住民の反対によって断念したという苦い経験をしており、「本当にこんなことで障害者が地域で安心して暮らせる日がやってくるのだろうか」と悶々としていた。一方で、リュシエンヌ・ペリー氏は尊敬の眼差しで障害者と向き合っている。この出来事を機に、障害者の芸術活動支援という分野への言葉にならない期待を抱き始めた。

 

(『ボーダレス・アートミュージアムNO-MA10年の軌跡―境界から立ち上がる福祉とアート―』

社会福祉法人グロー、2014、p.14)

 

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第四回

地域福祉の実現に並走する美術館運営とい「支援その3

―「感性のひと」と「政策のひと」のハザマから。北岡賢剛の支援観から見えること―

  • >> 今月の視点 〜 編集部より

    思えば数年前、アール・ブリュットということばが頻繁にメディアに現れ、多数の書籍などが刊行されて展覧会なども各地で企画され始めた時期がありましたが、今回の内容で、こうした動きの発端は北岡さんの「ローザンヌ突撃」が引き金だったことを知りました。

     

    しかしその後、障害者福祉と芸術分野、行政、そしてそれらとの関係をめぐる福祉関係者同士の静かな衝突や分断が複雑に交差していくわけですが、このような「境界問題」に対する振る舞いは、そもそもNO-MAの前提としてあったもの、つまり健常者と障害者のボーダーを崩していこうとする指向性のなかに実装されているのだと、アサダさんは示されています。

     

    さまざまな立場の人々と「対峠」ではなく「対話」にもとづく議論により、あらゆるボーダーを溶かしていこうとする北岡さんたちの挑戦は、これからどこへ向かうのでしょう。

     

    ──「障害」を医療モデルから捉えるのか、社会モデルから捉えるのかといった議論もある中で、実は「障害」いうマイノリティとそうでない一見わかりにくいマイノリティの間にもグラデーションが存在することをつぶさに見つめ、「そもそも“障害”とはなにか」という問いにまで向い、「表現」を通じてより広い意味での「ボーダー」にまつわる議論へとつなげられることは、本来アール・ブリュットを語る前からNO-MAを通じて北岡たちがやってきた実践としても本望だろう。(本文より)

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