現場全体を通して、そこで起きている現象をとらえつくす
吉岡 今のお話について、これまでのクライアントさんとのお仕事を例に挙げていただけると、読者の方々もイメージが沸きやすいかもしれません。
田川 羽田空港のラウンジを再設計するプロジェクトに取り組んだ例があります。リニューアル前のラウンジは古風な喫茶店のような雰囲気で、部屋の中にぎっしりと椅子が並んでいてこれ以上は席数を増やせない。スタッフも2〜3人で150人くらいのお客さんを回している状況でした。普通に考えれば、さらに来客を増やすことは難しいように見えます。
そこでまず僕らが最初にやったのは、現場に入ってずっと観察をすることでした。実際にお客さんが座席にどのように座るのか、何分くらい座っているのか、何をしながら座っているのかなどをメモしながら見る。またオペレーションのスタッフたちもどんな仕事をしていて、どのような動線で歩き回っているのか、仕事を終えたあとはどんなふうに疲れているのか、膝が痛いとか首が痛いとか、制服のどこが汚れているのかも観察します。そして次に利用者とスタッフにじっくりとインタビューをします。そうやって現場で起こっている現実をたくさん収集するのです。
それで、このプロジェクトは結果的にどうなったかというと、部屋のレイアウトからスタッフの仕事内容そして制服に至るまで、さまざまな変更を行いました。最も大きいのは部屋の中にぎっしりと置いてあった椅子を20%くらい減らしたことです。
吉岡 増やしたのではなく?
田川 そう。利用率を高めたいわけだから、普通だったらどうやれば座席を増やせるか考えるんだけど、クライアントと相談しながら最終的には座席数を減らしたんです。そうして、結果的に大幅な来場者増を実現したんです。
なぜそうできたかというと、10年くらい前は数人で一緒に出張する人が多かったので、椅子が近いほうが内輪で話がしやすかった。でも今は1人で出張する場合が大半になっているんです。スマホでいつも連絡が取れるようになっていますしね。だから席同士が近くても、今の人にはほとんど意味がない。ほかにも、待合時間でどう過ごしているかというと、10年前なら新聞や雑誌を読んだり寝たりして寛ぐことが多かった。しかし今は多くの人がスマホやパソコンで仕事をしています。
以前の空間設計のままでは、こうした時代の変化をとらえ切れていなかったんです。3〜4人の部長さんとその部下数人が、紙袋をたくさん持ってやって来て、上司を囲んで軽い打ち合わせをするようなイメージでつくられていた。でも最近はみんなプライバシーを重視するようになり、隣に人が座ってほしくないから荷物を置いてブロックし、パーソナルエリアを確保するのです。テーブルを挟んだ向かい側の席も膝が当たるような近い距離だったので他人は座らない。そうした理由から座席の実稼働率がすごく低いことが観察でわかりました。
そこでドラスティックな案ではありますが、席のピッチを手を伸ばしてギリギリ届かない位置に配置するようにし、その代わり席と席の間にフックを付けて荷物を掛けられるようにしました。すると空席が荷物でブロックされることがなくなり、席稼働率が倍増した。人がびっちり座っているんだけど、そもそも席ピッチが非常にゆったり取られているので、満席でも「室内がすっきりとして快適になった」というお客さんがすごく増えたんです。さらにユニフォームも、スタッフに対する深いインタビューを繰り返してリニューアルしました。
ラウンジの稼働率を高めるため、利用客に行った徹底的なインタビューと行動観察から得られた結論は……客席数を増やすのではなく「減らす」ことだった。
オブザベーション(ユーザー調査)は、ラウンジで働くスタッフに対しても行われた。その結果の一つとしてリニューアルされたユニフォーム。採用応募にも好影響が現れている。(写真はいずれも羽田空港「POWER LOUNGE」──Takramのサイトより)
吉岡 そこまでやるんですね……。
田川 仕事の動作に合わせた動きやすさ、最も都合のいいポケットの位置、春夏秋冬でちゃんと組み替えられるようになっているなどの特長に加え、デザイン的にも洗練されたものをつくりました。そうすることによって「ここで働きたい」という人がすごく増え、採用コストが下がったと聞いています。
プロジェクトの過程では「ラウンジの設計というものは、昔からこういうふうに決まっているんだ」というような経験者の方々もいましたが、先入観なしにしっかり現場を観察してみると、日々従事する人たちが見落としていることがかなりあることに気づくわけです。課題にして100個くらいは出てくる。その100個をひとつひとつ丁寧に解き抜いていけば、ユーザーにとってすごく良いものが現れるんですね。
このプロジェクトはチームワークで生まれたものでもあります。クライアントや建築家・グラフィックデザインの専門家などと共同して、あの手この手で品質を追求していくことで、ようやくユーザーに気に入って使っていただけるようなものに仕上がっていきました。
今お話したケースはサービスデザインの教科書的な成功例ですが、こういう手法を病院で行えば、おそらく数千の課題が出てくるでしょう。それら全部を解いていければ、患者や働く人の快適性や効率性がすごく上がると思います。でも、このように利用者や働く人が実際に何を感じているのかをきっちり探ることは意外に行われていません。せいぜいアンケートを取るくらいじゃないですか?
吉岡 そうですね。個別の課題の蓄積は繰り返し行われているかもしれませんが、一度にその場全体をとらえるようなアプローチは、まずどこでも行われていないでしょうね。
田川 普通はそうでしょうね。デザインには「カスタマージャーニー」という方法論があって、人間が連続的な時間の体験の中で生きていることに注目するんです。ある課題をピンポイントで解決することはできても、他の部分が全然ダメだったら全体の印象は悪いものとして残ってしまうことがありますよね。それを避けるには、本当にユーザーになり切った気持ちでモノやサービスの全体を体験し、そこで何が改善可能かを常に組織の中で議論し続ける必要がある。そういう体質を持つチームや組織がどんどん環境を良くしていくのです。
吉岡 看護では、目の前にいる患者さんのためにオーダーメイドのケア計画を立てて、その人のケアの質を上げることにある種の誇りを感じています。僕自身にもそういう意識が染みついていると思いますが、今おっしゃったように全体の観察の中で個々の現象を深掘りし、課題を紐解いていくことは可能だなと思いました。
「I」と「We」
田川 個別であるべきところと、そうでなくてもいいところは結構混ざっているんです。僕らはよく「Iで語るべき部分とWeで語るべき部分をきっちり認識して分けられているか」という話をします。サッカーで例えると、その人にしかできない個人技というものはあるが、チームの動きとして揃えておかなければできないフォーメーションもある。本当は全体で統一してやったほうがいいのに、個別に任せ過ぎてパフォーマンスが頭打ちになることも多いし、一方で、本来個別でしかないものを画一化・マニュアル化するせいで死んでしまうものもある。
そしてこのIとWeは「OR」ではなく、「AND」で考えたほうがいい。属人的な能力を発揮してくれたほうがいいところと、ベストプラクティスを組織でルール化してシェアしたほうがいいところをみんなで議論したほうがいい。そういうバランスがうまく取れればチームとしてのレベルが上がっていくんだけど、実際には常にどちらかに偏った組織が多く、いずれかに二極化しています。「ここからはマニュアルを逸脱するかどうか、自分で判断しなさい」という方針を組織としてきちんと設計できているところはなかなか少ない。看護もそうじゃありませんか?
吉岡 看護では標準化やマニュアル化が日常的な業務のベースになっているうえで、一人ひとりの看護師がそれぞれに自分の「看護観」をしっかり持つことが求められます。標準に基づく「正しい」ケアを行いつつ、それではカバーできない場合や個別の判断が求められる状況で「看護観」が重要になるのですが、確かにそれらを「I」で語るべきか「We」で語るべきかを常に明らかにしているかというと、あいまいな共通認識しか持っていないことがほとんどかもしれません。
田川 どちらにバランスを取るかは組織や状況によってさまざまだから、何が正解ということはありませんが「IとWeのバランスに意識を払う」プロセスは、組織にとって重要だと思います。
吉岡 Takramの中でもそういった議論をされていますか?
田川 延々とやっています。デザインは自己表現の部分がありますから、標準化できそうなプロセスでもうまくできる人とできない人がいるわけです。だから、どこまでを揃えてどこまでは揃えるべきではないという議論をよく行います。
クロード・ベルナールというスイスの生理学者がこんなことを言っています。「 芸術は〈私〉である。科学は〈我々〉である」と。我々というのは「We」ですよね。すなわち「僕ら」で語るものごとでは「僕」と「君」にできることが同じであり、2人が別々に行っても同じ結果が出る、つまり科学的な再現性を言っているのです。一方の「I」は芸術であり、これは再現性のない世界だから個別に行うしかない。
しかしそこでよく陥りがちなのが、経験値の高い人が自分の「I」を他人の「I」に押し付けることです。でもそれはできないですよね。なのに「どうしてお前はできないんだ。俺のやり方を見ろ!」みたいなことを言う人がいます。そういう組織はつらいですよ。たとえば野茂というピッチャーと同じようにはどうしたって他の人は投げられません。あるいは、性格がすごく明るい人が内気な人に向かって「もっと感情を開けっぴろげにコミュニケーションするのよ!」なんて言っても萎縮してしまいますよね。だから、他者の「I」にはお互い侵入しないように、リーダーが「相手の性格や特徴を尊重すべし」みたいなことを言えばすごく楽になるはずです。
それとはまた別に、ある人が行っていることをみんなも同じようにできるなら、それはやったほうがいいですよね。組織全体の中でたくさんの細かい改善課題がある場合、一人で試行錯誤してもその人が使える時間単位でしか解決していけない。でも100人いれば100回の試行錯誤を同時に行えます。その中で一番うまくいったものを全体でシェアして積み上げ、それを前提にまた同じ100人で次の試行錯誤をやれば、スピードを100倍にできるわけです。こういう話がデザインの仕事をしていてもよくあるんですよ。
吉岡 僕らの場合だと「We」を医療全体として見る、それとも病院単位で見るべきなのでしょうか。
田川 基本的には、一つの組織で考えるほうがいいでしょう。業界全体だとものすごく参加者が多くなって、なかなか進まないと思います。100〜150人程度までの組織であれば、いま話したようなことができます。
吉岡 看護や医療でもそうしたデザイン的なアプローチを使って、普段から個々に取り組んでいるような課題でも「We」としてもっと拡張してもいいかもしれませんね。
田川 デザインはあくまでツールです。その方法を活かせる場面もあれば、全く関係のない話もおそらくあるでしょう。結局はいま自分が相対している患者さんにとって何が最もベストなのか。そのためにあらゆる手段を使いつつ、その中の便利な手法としてデザインがあるというだけです。
フレームワークを持つ
吉岡 最後に改めて、Takramで田川さんたちが取り組んでおられるデザイン、もしくはデザインエンジニアリングは、どのようなステップで課題にアプローチをされているのか、整理して語っていただければと思います。
田川 現場を探偵のように探り、実際そこに何があるのかをよく把握することがまず大切で、次はそれを構造化できるかどうかですね。ランダムな現象の中に構造として存在する問題をとらえられるかどうか。構造同士の相互依存性も重要です。構造化された諸問題の関係性を踏まえて、どの順番でアクセスすればベターな方向へ動くのかがわかるようになれば、次は具体的な打ち手を考えて検証し、それを実行する。
つまり、気づきの抽出(徹底した現場のリサーチ)→ 構造化(諸問題の関係性把握)→ コンセプト(構造化された課題へのアプローチづくり)→ 実行とテスト。このステップをグルグル回します。Takramでは基本的にこの方法で取り組んでいますが、なかでも構造化のところはスキルが必要なので、頭の中にさまざまな構造化手法のフレームワークを持っている必要があります。僕らは一つひとつの分野のプロではないけれど、おそらく、このプロセス自体のプロフェッショナルだと思います。
吉岡 医療や看護でも問題をとらえるためのフレームワークをいくつか持っておくと、新しい視点で課題を解決していけそうですね。
田川 デザイン思考やサービスデザインの方法論というのは、そういうフレームワークが重要なんです。だから昔ながらのグラフィックデザイナーやプロダクトデザイナーとは行うことが少し違う。でも先ほどの空港ラウンジもそうだけど、結果的にそこでつくられた椅子の使い勝手が良いとか、部屋の空間が木とコンクリートでスッキリまとめられて格好がいいとか、そういった昔ながらのデザインの部分も、問題解決と合わせてつくり込んでいけばモノの品質がすごく向上する。最終的には、美しさや快適性などに訴えかけられることもデザインの面白いところです。
このように、デザイン的な仕上がりを課題解決の中にきちんと織り混ぜていくと、たとえばスターバックスのお店が提供するようなサービスや環境が出来上がるんです。あるいはアップルストアなども本当によくつくり込まれています。
吉岡 そのとおりですね。看護でも抽出すべき現場の課題が現場にはたくさん埋もれていて、解決すべきものがいっぱいある。今日お聞きしたような方法でそれらにアプローチすることが可能なんですよね。
田川 最初のほうでも話しましたが、どのような分野であれ改善マインドの高い人たちにはデザインを勉強することをお勧めします。とても役に立つことがいっぱいありますよ。でも、そうでもない人にはあまりお勧めはしない。読者の中で自分たちの看護や医療の現場をより良くしたい。いや、何がなんでもより良くしたい! と思っている人たちがいれば、まずはぜひデザインの本を読んでみてください。
(おわり)
── Takram Omotesando Studio にて
● 田川氏の推薦本
『デザイン組織のつくりかた〜デザイン思考を駆動させるインハウスチームの構築&運用ガイド』(P.メルホルツ、C.スキナー著、安藤貴子訳、長谷川敦士監修、BNN、2017年)