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小特集「戦争とこころの傷 」﷯
紛争地の生と死 ─ 暴力の渦巻く現場で─ text by 白川 優子

 

   

 

看護師として、できること

 

日本の社会では、医療・非医療ともにあらゆる角度からのサポートが揃っているかもしれない。心理的なケアも充実していることだろうと想像がつく。しかし、ただでさえ医療システムが崩壊しているような紛争地では、まずはその実情を発信して注目を引かなければ、医療を届けるためのサポートも集まらない。

 

心理的なケアにしても、カウンセリングのみならず、住民がこれから生きていくための生活づくりや、再建のための社会的サポートも併せて実施していかなければ、モスルでの焼身自殺のような悲劇は食い止められないだろう。

 

私は一度、紛争地の実情が世界に知れわたっていないことへの憤りから、市民が苦しむ壮絶な現場を報道するジャーナリストになろうと決心したことがある。罪のない人々が、一部の人間たちの欲望をまとった武器によって恐怖にさらされ、血を流し、泣き叫んでいる現状に対し、目の前の患者を救うこと以上に、まずは戦争そのものを止めなくてはいけないと思うようになったのだ。報道機関からも注目もされない世界の片隅で苦しむ人々を見続けるうちに感じるようになった、「私の行っている医療活動では戦争は止まらない」というジレンマからの決断だった。

 

しかし、結果として、私はジャーナリストの道には進まず、看護師の仕事も、MSFでの活動も続けている。私の無力感や挫折、ジレンマとは反対に、現地の人々が私たち医療者の存在そのものに対し、希望を見いだしてくれていることに気づかされたからだ。

 

医療では戦争が止まらないのは事実だ。人材も物資も充分ではない環境では、理想的な包括医療提供など望むべくもない。では、その限界下で、私たちに求められるのは何だろう、そこでできることは何だろうと考えたとき、それは、そのときにできる最善を尽くした医療を提供することであり、その中で看護師は患者の手を握ること、話しかけること、これだけでもよいのかもしれないと気づいた。

 

私は臨床心理士ではない。カウンセラーの技術も身につけていない。でも、手を握ることはできる。実際に空爆で両足を負傷し落ち込んでいた女の子や、夫とお腹の子を空爆で失くした女性の手を握り続けた結果、元気な笑顔を引き出したことがある。手を握るということは、その人を気にかけること、そしてその人に寄り添うことである。

 

©MSF

モスルの紛争に巻き込まれた子ども。手を握ることで安心が伝わる。

 

 

紛争地の現状を発信する

 

報道機関が入らない、すなわち世界から注目されない人々がいるのであれば、その現場に入っている私たちが、傷ついた彼らを気にかければよい。臨床心理士がいなくても、看護師が患者を気にかけ、手を握って寄り添えばよい。その行為が恐怖や絶望、悲しみ、怒りを抱えている人々に希望を与えているかもしれない。

 

ジャーナリストになっていたら見ることができなかったであろう患者の笑顔によって、「寄り添う」という看護学校で習った基礎や、看護の素晴らしさを紛争地で見つめ直すことができた。同時に、紛争の現状を目の当たりにした者の責任として、現地の人々がいかに厳しい状況に置かれているのかということを発信し、犠牲となっている人々が身体的、精神的、社会的に充分なサポートが受けられるよう訴え続けていきたい。

 

©MSF

イエメン北部山岳地帯の子どもたちと。子どもはその国の希望だ。

 

[ 註 釈 ]

 

●1=国境なき医師団(MSF):独立・中立・公平な立場で医療・人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体。1971年に設立し、1992年に日本事務局が発足した。緊急性の高い医療ニーズに応えることを目的としている(国境なき医師団日本ウェブサイトより)。

 

●2=表記・呼称については、「イスラム国」「イスラミック・ステート」(Islamic State:IS)、「イラク・レバントのイスラム国」(Islamic State of Iraq and the Levant:ISIL)などがある。

 

 

   

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しらかわ・ゆうこ 1973年、埼玉県出身。1996年に地元の看護専門学校を卒業後、日本とオーストラリアで看護師の経験(手術室看護、外科病棟、リカバリー室、産婦人科など)を積む。2010年、初めて「国境なき医師団」に参加。以降、初任地スリランカをはじめ、計17回にわたり、海外へ派遣される。特に、シリア、イエメン、イラク、南スーダン、パレスチナなどの紛争地を中心に活動。現在、豊富な経験を生かし、日本事務局の人事スタッフとして看護師や医師のほか非医療も含めたスタッフの採用活動に従事。2018年7月に初の著書『紛争地の看護師』(小学館)を上梓。

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

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