小特集「戦争とこころの傷 」﷯
紛争地の生と死 ─ 暴力の渦巻く現場で─ text by 白川 優子

 

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救命が優先される紛争地

 

私が国境なき医師団(Médecins Sans Frontières:MSF1の活動の中で「心の傷のケア」を紛争各地で充分に行ってこられたかと問われると、Yesと言える自信はない。

 

理由の一つは、私が経験してきた派遣先の多くが、救命優先の「外傷プロジェクト」だからということが挙げられる。紛争地ではセキュリティ管理が難しく、緊急医療を最も必要としている人々のもとに辿り着いて活動をするために、救命に特化した少人数のメンバーのみでチームを組むことが珍しくない。

 

とはいえ、決してMSFが紛争地で心の傷のサポートをおろそかにしているわけではなく、心理的なケアに特化したプロジェクトは実際に存在する。紛争地のように救命を主に行っているプロジェクトであっても、セキュリティの状況を見ながら精神科医や臨床心理士を送ることもある。

 

また、現場のニーズや援助の段階に沿って、その時々で強化する分野を柔軟に変え、緊急のフェーズが過ぎたときにはメンバーを入れ替え、理学療法や心理的なケアなどにフォーカスしたプロジェクトに移行したりしながら、活動を継続する。

 

しかし現実的には、紛争地では、質の高い包括的な医療を充分に行き届かせることや、安定した活動を継続することが困難な場合が多い。

 

戦争の暴力

 

私が紛争各地の外傷プロジェクトで目にしてきたケースのほとんどが、戦争の暴力による多発外傷だ。

 

人々は、空爆、砲撃、銃弾、地雷などにより血を流して運び込まれてくる。腹部から内臓が飛び出し、傷の中から見える骨が粉砕し、四肢が無残にもぎとられ、もはや人間としての原型をとどめていないケースも見る。

 

また、爆発の場合、命中を逃れたとしても、衝撃による爆風が多くの人々を襲う。負傷した人々の身体にはコンクリートやガラスなど、吹き飛んできたさまざまな破片物が突き刺さっていることが多く、それを取り除くだけでもたいへんだ。銃弾が体内から取り出されることも珍しくなく、ミサイルの破片が傷の中から出てきたこともある。

 

創傷の治療では、麻酔下での洗浄やデブリードメントを数日おきに繰り返し、感染がないことを確認した後、なるべく早く傷を閉じることが目標ではあるが、創傷感染との闘いもよく直面する大きな問題だ。入院患者の予定手術に加え、新規で入ってくる緊急ケースを組み入れると、1日の手術リストはどんどん長くなる。

 

 

「これからも生き残る」ためには

 

怪我をした人々はもちろん、たとえそれを免れたとしても、紛争地に生きる人々が心理的に傷ついていることは間違いない。

 

一口に紛争地といっても、国や地域、紛争の種類や規模、使われる武器などにより、市民がこうむる被害もさまざまである。紛争に巻き込まれている人々に、どの時点で心理的なサポートを提供することが望ましいだろうか。その意味では私は、救命医療の現場よりもさらに注目しなくてはならない局面があると考えている。

 

救命医療の現場は非常に緊迫している。医療者だけではなく、患者を運び込む人々、負傷者を囲む家族、知人たちが動き回る。特に病院の門から救急室への動線は常にごった返している。また、中庭や廊下は病室に入りきらない家族などの生活の場となってしまっていることもあり、その空間にいる人々の興奮があちこちで交差しているのが、紛争地の救命の現場だ。このような環境で果たして、患者側に心理的なケアを受け入れる余裕はあるだろうか。

 

生き残った患者や家族には、「これからも生き残る」という課題がのしかかる。まず、退院後に住む場所の確保が必要だ。自宅を破壊されている、または危なくて戻れないという現実を多くの患者が抱えている。病院側としてもベッド数に限りがあるため、どうにか退院後の行き先を探してもらわなければならない。こうして、患者やその家族は、行き先の確保に翻弄されることになる。

 

私が注目すべきだと思っているのは、彼らが退院し、病院という社会とのつながりが切れた後のことだ。危機的状況を逃れた人々の興奮状態にあった精神が緩み、今まで心の奥に押し込められていた恐怖や悲しみ、この先に対する不安などが現れてくるときである。

 

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教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

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