[連載小説]ケアメンたろう 第10話 家族 文・西尾美登里/挿画・はぎのたえこ

「『私はあなたみたいな甘い生活はしてないからご安心ください』って。あいつ格好いいよな……

──(本文より)

©2020 Taeko Hagino

登 場 人 物

東尾太郎:この物語の主人公。県立南城高校ラグビー部に所属している高校生。あまり自分の感情を表に出さない。

太郎の母:九西大学病院の元看護師で、現在は同大学で看護学教員として働く。脳の出血で救急搬送される。

慧  人:太郎の幼なじみで母親がいない。父親は太郎の母と同じ九西大学に勤めている。

ツッツー:慧人と同じく太郎と幼なじみ。家は歯科医院で両親が共働き。うんちく好きのマニアックな趣味を持つ一人っ子。

小泉弘美:学年でかわいいと評判のラグビー部マネージャー。“自分に好意があるかも”と淡い期待を抱く男子が少なくない。

澤田久美子:校門の前にある電気屋の看板娘。介護が必要な祖母と妹、父と母との5人暮らし。さっぱりとした性格。

  

 

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ぬかるみの女

 

「余計なことだけどさ、小泉、おにぎりとか握ってくれてさ、お前に優しいよな」

 

慧人から帰り道、信号を待っている間に言われた。

 

「あいつは良いやつだからさ、きっと誰にでもおにぎり握るやつだからさ。オレ 小泉から何も言われてないし」

 

そう思いながらも、自分がつらいとき、苦しいときに女子から優しくしてもらうと期待してしまうし、男はググッとくるものだ。それも学年代表の可愛い小泉である。

 

「おまえ 小泉のこと 本当になんとも思ってないの?」

 

「……いや、いや、思わないよ。いや思うよ」

 

「どっちなん?」

 

「母ちゃんが病んでる状況でさ、俺も病みそうな状況でさぁ、優しい女が登場したらさ……罪だよ。おにぎり握ってくれる小泉は女神に見えるし、誰でも誤解するって思うでしょ。惚れてまうやろ。気がないなら優しくするなー!!」

 

太郎はぐしゃぐしゃと頭をかきむしる。

 

「あのさ……」と慧人は、野球部のやつらから聞いたことだけど、と話し出した。

 

ラグビー部の部室は建物の一番右端に位置する赤い扉の部屋だ。その左隣に青い扉の野球部の部室があり、さらに黄色い扉のサッカー部、白い扉の陸上部が続く。野球部の古森雄太が部室の裏に転がったボールを拾いに行ったとき、中に小泉弘美と澤田久美子がいたらしい。聞いてはいけないと思ったが、もちろん聞いてしまったらしく、小泉が澤田に頼んでいたらしい。

 

「最近、東尾君と仲良くしてるけど、あまり仲良くならないで」

 

太郎の顔を見ながら、慧人はニヤリとほくそ笑む。太郎はどきんとする。

 

「へぇ」(……そ、相思相愛なのか??)

 

太郎の口がボカンと開いている。ニヤリとしたまま慧人は続けた。

 

「そしたらさ、澤田なんて言ったと思う?」

 

「さあね」

 

「反撃してたらしい」

 

「なんて?」

 

「“あなたみたいな人を見ると腹が立つ。私はあなたみたいな甘い生活はしてないからご安心ください” って。あいつ格好いいよな」

 

目をつむって感慨深そうな慧人は、どうやら勝気な女子が好きなようだ。

 

その時ツッツーがヌウッと後ろから現れて、二人はうわっと驚く。ツッツーは腕を組み、頷きながらこう続けた。

 

「澤田はさ、厳しい現実で生きている奴だってこと。恋愛だけを理由に人に優しくするとか、しないとかなんて考えないっていうこと。つまり地に足着けて生きている『ぬかるみの女』だ」

 

「ぬかるみの女? なん……それ」

 

「知らん? あれは名作だ」

 

誰も知らない古いドラマのタイトルを口にしたツッツーの家は、家族で歯医医院を経営している。両親ばかりでなく、婆ちゃんと爺ちゃんは内職といいながらいまだに現役で、歯医者の事務や会計をこなしている。一家が全員で働いているため、ツッツーは曾婆ちゃんに育てられたようなものだ。その曾婆ちゃんは鍼灸師なので、ツッツーの体からたまに藻草の香りがする。その曾婆ちゃんの影響なのだろう、ツッツーの趣味は刀の鑑賞だし、会話の内容や出てくる単語にもジェネレーション・ギャップを感じる。

 

「……澤田が前に、ポソッと言ったんだよ」

 

ツッツーが静かに言う。

 

「何を?」

 

慧人が身を乗り出す。

 

 

   

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教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

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