特集:ナイチンゲールの越境 ──[ジェンダー]

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©2019 Taeko Hagino

文・西尾美登挿画・はぎのたえこ

第6話 男同士で作戦を練る [連載小説]ケアメンたろう

 

── じゃあ今からね…

 

 

あん?

 

──ひとつ買い物をしてください。いい?

 

 

うん、いいよっ!

 

ナプキン。

 

 

ナプキン…。生理のやつ?

 

──うん。

 

 

あ…。あぁ?(困惑)

 

── 行ってきて〜。

 

 

(まじか…)スタスタスタ…

 

 

      

>> 前回まで/連載のはじめに

「腕組みをして考えていると、飴のおばちゃんが『下着をつけたり、ボタンを留めたりするのは結構大変なんやから、手伝ってやらないかんよ』という。」

──(本文より)

 

      

>> 前回まで/連載のはじめに

 

 

下着問題、ふたたび

 

「何か明日、持って来るものある?」

 

太郎が母親に聞くと「うん……ブラジャーとパジャマ」と言う。ブラジャー……!? ついに出た。乙女の引き出しをまた開けなければならない。頭の中で、引き出しの中の、赤とオレンジとピンクのブラジャーがずらりと整列した様子を想像する。

 

『ん?? 麻痺が残る身体で、ブラジャーなんかつけることができるのか? 大丈夫なのか? でも……確かに病棟から移動することも多くなるのだから、ノーブラってわけにもいかないか』

 

腕組みをして考えていると、飴のおばちゃんが「下着をつけたり、ボタンを留めたりするのは結構大変なんやから、手伝ってやらないかんよ」という。退院したら、母親の下着を装着することを手伝うことになるのか? ぼ、ぼ、僕が? オレが?

 

彼女ができたら(むしろ)ホックを外すことを夢見ているのに……。その夢が叶う前に、母親のホックを留めるのか? 勘弁してよ……。どうしようか、とうろたえる。しかしうろたえるよりも、絶対に誰かに……慧人に相談したほうがいいと思った。

 

時計は午後1時。慧人にLINEする。

 

「この前のシートの件に加えて、もうひとつ相談があるんやけど」

 

すぐに了解のスタンプとともに「今から昼飯。一緒に寿司の食べ放題いこうよ」という返事。OKのスタンプを送る。

 

「太郎から連絡があってから、すぐにこの店予約した」

 

淡々とした口調の慧人は、いつも冷静だ。

 

「1500円で寿司食べ放題って、俺らの天下やんって思うけど、この店赤字にならんのかね」一緒にいるツッツーがボソっと呟く。

 

「俺らが、その心配しなくていいんじゃね?」という太郎の言葉に「確かに」と

慧人とツッツーが同時に頷く。食べ放題の勝負は40分。3人は回ってくる皿を凝視しては次々に手を伸ばす。

 

「ところで、もうひとつの相談って何?」

 

少し食欲が落ち着いたところで、慧人がイカを食べながら訊ねた。

 

「いやさ、今のところ母親、まだ麻痺が残ってるみたいなんやけど、リハビリとかはじまってさ」

 

「よかったね」

 

「うん、そうなんやけどさ、言いにくいんやけどさ、ついに母ちゃんさ、ブラジャー……するっちゃんね」。

 

「今までしてなかったと?」

 

「今まではさ、そんなこと考える場合じゃなくてさ、やけん元気になってきてよかったんよ。……やけどさ、これからは母ちゃんが自分でやるか、俺とかが洋服とか下着の脱ぎ着を手伝いせないかんくなるらしい。酷やろ」

 

「……」

 

「彼女のブラジャーを外すんじゃねーよ。母親のブラジャーをつけるってさ。結構つらかぁ」

 

太郎は、かくりとうなだれる。

 

「俺も父親も手伝えるテリトリーじゃないね」

 

慧人の言葉は冷静だ。

 

「やっぱりね」

 

太郎は頭を抱えた。

 

「そういうことはさ、小泉あたりに相談したらいいっちゃない?」

 

まぐろの軍艦を食べながらツッツーが言う。

 

「マネージャー2人なら相談にのってくれるやろうけど、でも小泉にだけって……やっぱ、小柳も一緒に? イヤ、こういう時にはマネージャーに気を使っている場合じゃあないか。でも小泉のほうが適任なんじゃないかね?」

 

慧人はそう言いながら、太郎と2人で頭を抱えた。

 

ツッツーの提案

 

「そうだ!」

 

しばらく無言だったツッツーが、寿司で頬を膨らませたまま、膝をうつ。

 

「俺のクラスに、相談できそうなやつがいる。澤田久美子って知ってる? あいつなら多分大丈夫。いや、絶対大丈夫。それにあいつの母親、大丸の外商だし」

 

あまり意味はわからないが、慧人と太郎はホーという表情をした。

 

「外商って? 大手百貨店がいまだに外商とかやってんの? 父親にも教えてやろう」

 

慧人が興味津々で身を乗り出した。

 

「俺もさ、最初に聞いたとき外商って未だにあるんやって思ったンやけどさ。やってるんよ。知ってる人にはニーズが高いらしいよ。百貨店が豆腐一丁から寝具までいろいろと持ってきてくれるサービスは、ネットにも出てないしあまり知られてないらしいけどね。電話相談受けて商品を選んで、商品を届けたら使い方とかも説明してくれるらしい。うちの親に話してから、うちも結構注文してる。俺は親孝行な息子だ」

 

得意げにツッツーは言った。

 

「澤田久美子って、体育祭の黄色のチアだった陸上部の?」

 

慧人が目を輝かせながら尋ねると、太郎も澤田久美子を思い出した。心なしか、慧人が寿司に手を出す速度が速くなった気がした。

 

運動場の白く舞い上がる砂埃の中、真っ黒なポニーテールで、焦げた肌に細い足、大きな目が印象的だ。肩幅がやや広いのは、中学時代、水泳部に所属していたからだと噂で聞いた。ダンスに合わせて跳ねて踊り、ポニーテールのリボンには黄色ブロックの鉢巻が使われていて、焼けた肌と黒い髪と大きな瞳と黄色のリボンは、他の青や赤や白ブロックの女子よりも断然映えて見えた。チアのメンバーの中でもスラリと背が高く、あの時はやたらとスタイルがよく見えた。

 

「太郎……どう思う?」

 

ツッツーが箸で太郎を指差した。

 

「何が?」

 

「いや、何ってさ、澤田に相談すること」

 

「よろしく。それじゃ最後……」

 

太郎がサーモンのあぶりを引き寄せる。3人でちょうど150皿目だった。

 

第7話 につづく

 

      

>> 前回まで/連載のはじめに

 

 

〈 実 録 〉男子高校生、女性用品を買いにいく

 

西尾 美登里

 

今回と前回は「ケアメン vs. 女性用品」がテーマでしたが、男性にとってそこには一体どのようなハードルが存在するのでしょう……。ちょっといたずら半分ですが(半分は真面目!)、筆者の親戚の男子高校生に、生理用品と下着の買い物を頼んでみることにしました。

 

甥っ子のAくんを「アルバイトがあるんだけど」と呼び出して、福岡市内の某コンビニの前に来てもらい、「ちょっと買い物をしてほしいの」と要件を伝えると、「あぁそんなこと?」と快諾。「何を買うと?」と聞かれましたが「それは現場で教えるね」と言って、1万円札を握らせました。「??」少し首をかしげるAくんと一緒に、さっそく店内へレッツゴー!

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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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