第七回
病院から地域へ。精神看護と地域づくりのハザマから見えること。その2
―「ココ今二ティー写真展」が切り開いた「ケア観」の揺らぎと「地域」への回路 ―
写真展が開いた回路を「日常」にまでつなげるには……
ちなみに、僕がこのココ今ニティー写真展を観に行ったきっかけは、大西さんからの誘いだった。以前からこの連載でも取り上げてきたボーダレス・アートミュージアムNO-MAでの仕事を通じて大西さんとは親交を深めてきたが、この数年は事あるたびに「大阪の浅香山病院で面白い写真展やっているからぜひ遊びにきてよ」と誘ってくれていたのだ。それで2014年6月に茨木病院にて開催された写真展に、僕がパーソナリティをやっているラジオ番組*2の取材も兼ねて足も運んだのだった。その際に大西さんが謙虚ながらも熱く語ってくれた内容は、今でも印象に残っている。
写真が何かの効果になったかどうかというのはあくまで後付けではあるけど、でも明らかに患者さんたちが一枚の写真で相当変わった感じがしますね。
いまみんな僕の名前を呼んでくれていますよね。患者さんたちが覚えてくれて名前で呼び合うまでってなかなか時間がかかるんですよ。それはまあ病院に限らずですけど、そういう関係にまで行き、被写体とカメラマンなんですけどどっかでその域を超えたところで、“またご飯食べに来たで”ってね、そういう呼吸を受け入れてくれている感じがします。
また、写真展を通じてこうやって外部と接触して名刺つくって営業に行ったりね、そういうアクションっていうのが、僕たちの生活とほとんど同じようになってきたってことも大きな変化の一つだと思う。この取り組みが、もう一息外にでるべき。この写真の存在が珍しくない時代を僕も病院側も求めているはず。僕らは忘れているんです。彼らの存在を本当に忘れているので、もっと地域に出て行く意味があるだろうと模索しています。
(KBS京都ラジオ「Glow 生きることが光になる」第44回:2014年8月1日放送での大西氏の発言)
この写真展が、病院のなかで固定していた「看護師/患者(ケアする者/ケアされる者)」という関係性を絶妙にズラし、看護師たちに新たな(広義の)「ケア」の回路を開いたことは間違いないだろう。しかし、いや、それゆえか、小川さんたち看護師にとっては、写真展を進めていくうえで生まれる苦悩もあった。その一例として、メンバーの一人である東武司さんのことを挙げたい。茨木病院にて開催された写真展の東さんのキャプションにはこう書かれていた。
ちゃんと正装して 身なりを整えるだけじゃなく
もっと社会の一般教養と常識を身につけて
一日も早く
社会に貢献したい。
自分は一人じゃないと感じている。
夢は 恋人の一人でもつくりたい。
2014年6月の茨木病院にて開催された写真展での、東武司さん(右)による解説風景。
この展覧会の際、すでに70歳を超えていた東さんは、長期入院が続くなか看護師たちが退院に向けたサポートを手厚くする前に、退院への待ちきれない思いが病状をさらに悪化させてしまったという。現在は、この写真のようにカメラの前に立つことができない状態になってしまった。小川さんは写真展活動が「地域参加」を促し、退院に向けた第一歩だとわかりつつも、「ゆっくりと写真展活動だけをやっているわけにもいかない。……ではどうすればいいのか」という問いを、東さんから学んだと話す。そして、小川さんは以下のような悩みを膨らませていった。
写真展活動をしてきて、東さんのような出来事や、他のメンバーにもいろんな出来事がありました。
この活動は、外部からの評価をたくさんいただきました。(たとえば)障害者に対するプライバシーについて考え直したとおっしゃってくださった。大西さんの写真には力があって、写真を見ると楽しくなる、元気になる、力が出る、自分のケアを問い直せるとか、いろんなことを言ってくださった。いずれも嬉しい言葉でした。
でも、私のなかでは、そんなふうに見る人を元気にする力のある写真、その写真に写るご自分、語り合えるご自分、たとえその力をもってしても、華やかな場所で展覧会を開催しても、患者さんが帰るのは精神科病棟のベッドなんです。四人部屋のベッド。誰も私にはそんなことを問わないけれど、自分の中で「これでいいのか」と問い始めて、大変苦しくなってきたんです。
(2017年2月12日(日)に大津プリンスホテルで行われた、アサダ企画のトークセッション「“福祉”に対する新しいまなざし」〈「アメニティフォーラム21」内プログラム〉での小川氏の発言)
そこで、小川さんはこの苦悩を乗り越えるために、病院を早期退職することを検討し、病院の外、つまり「地域」に軸足を置きながら自分のこれまでの経験を活かせる実践を模索し始める。でも、たった一人で何ができるだろうか……?! とすぐに行き詰まってしまう。
そこで、長期入院患者が今後、地域に出ていけるような具体的なプランを練り、それをもとに、最初に相談に行ったのが、無謀にも(← 本人曰く!)元厚生労働省事務次官の村木厚子氏。そこで村木氏から紹介されたのが、滋賀県大津市の大津プリンスホテルで20年以上にわたって毎年2月に開催されてきた障害福祉の一大シンポジウム「アメニティフォーラム」の存在だった。
村木さんは小川さんに「あそこに行けば、若くて面白くて、これまであなたが出会っていないようなタイプの支援者と会えるのではないか」と伝えたらしい。そこで、毎年このフォーラムの企画に関わってきた僕ともつながった。ちょうど担当したトークセッションが終わった直後、講師控え室に向かおうとする僕に小川さんは拙著『住み開き─家から始めるコミュニティ─』(筑摩書房)を手に持ちながら、「あなたに、私が考えていることを聞いてほしいの」と伝えてきた。落ち着いてはおられたがどこか切迫した空気も漂っていて、その勢いに良い意味で押された。それが小川さんと僕との出会いだった。
まずは院内で「別の居場所」を、そしてより「地域」へ……
ココ今ニティー写真展を契機に、小川さんたち看護師たちの「ケア・支援観」が揺るがされていくなか、2015年3月に小川さんは浅香山病院を早期退職。そして、病院の一階にある長年使われてなかった12畳ほどの部屋を、「病院と地域をつなぐコミュニティサロン」として再活用し、その運営を写真展のメンバーである患者と看護師たちが共同で担うことに。「ココ今ニティーサロン」と呼ばれたこの部屋には、玄関の窓や室内の壁にメンバーの写真が展示され、書籍や雑誌のほか、ちょっとした飲み物やお菓子も置かれていた。2015年4月、初めてここに来たときに小川さんが僕に伝えたのは、以下のようなことだった。
この場所にときどきは出入りするか、できるだけ電話してほしいんです。そうしていただくと、メンバー(患者)さんが「はい、ココ今ニティー事務所です!」って電話を取られるでしょう。そして接待したり、伝言されたりするじゃないですか。そのことでメンバーさんに“役割”ができる。そして地域社会への関心が人とのコミュニケーションを介して高まっていくきっかけになるんです。
この発言からは、メンバーたちが写真展開催という「イベント=非日常」の活動のみならず、「日常」的にも社会の一員としての意識を持ち続けられるような機能を、このサロンに持たせたいという小川さんの思いが垣間見られる。かつ、個々のメンバーと写真展を通じてつながりができた僕のような外の人たちにとっても、これまでメンバーに会いに行く際は病棟へ「見舞い」のような形で訪問せざるをえなかったところが、このサロンができたことで、より気軽に立ち寄れるようになったのも間違いない。
ここは「院内」ではありながらも、病棟とは雰囲気の異なる「別の居場所」として機能し、メンバーたちはここに来ては写真展の打ち合わせをしたり、何をするでもなくゆっくりくつろぐなど、各々の時間を過ごす。そして僕も、ここで音楽ワークショップをやらせてもらったり、打ち合わせに参加したりと定期的に通うようになった。
ココ今ニティーサロンで、メンバーを対象に音楽ワークショップを行っている筆者(中央、2015年秋)。
ココ今ニティーサロンができて2ヵ月ほど経った2015年5月。写真展の運営に関わってきた看護師たち25名ほどが集まり、写真展のこれまでを振り返る座談会を開いた。写真展が患者の新たな側面と出会うきっかけになったこと、これまで院内ではできなかった会話やコミュニケーションが生まれたことなど、彼女たちの口からは好意的な意見がたくさんでた。
その一方で、こういった「非日常」的な取り組みがあることで患者の気分の変動が目立つようになったり、買物や広報などで患者が地域へと出て行くことのサポートに難しさを感じる、といった声も聞かれた。つまり、これまで院内においては、あくまで「治療」や「ケア」といった観点を軸にしながら、医者や看護師と患者の関係が成されていたところに、かつて経験したことがなかったような「表現活動」が挟まることで、良くも悪くも新しい関係性やそれに伴う行為( ≒ 業務)が院内の「日常」にまで影響してくることに戸惑いもある、という意見だ。
患者である前に「ひとりの人」として地域とつながりながら生きていく。その一見当たり前のメッセージを一枚一枚の写真を通じて表現してゆく。そのことと院内での普段の「ケア体制」は、両立しにくいものなのだろうか。
2015年5月にココ今ニティーサロンで行われた写真展関係者座談会のチラシ
確かにココ今ニティーサロンという「別の居場所」ができたことで、院内でありながら「ケアする/ケアされる」の関係を宙吊りにしてもいい状況には一歩近づいただろう。しかし、小川さんたちとミーティングを重ねるなかで生まれた共通認識は、それでもやはりここは病院という体制のなかでの仮設的な場であり、メンバーにとっては本当の「地域」(社会)とはなり得ないだろう、ということだった。実際、物理的にも院内であることから、まだまだ外部からはハードルが高く、しかもあくまで「ココ今ニティー写真展のメンバーの事務所」という体裁で開かれているために、写真展を通じて知り合った方以外との偶然の出会いに恵まれる機会も多くはなかった。
あらゆる前提や文脈を超えたところで、地域に出て行く。そしてその地域での生活を「日常」にする。そのためにはどうすればいいのか。このようなプロセスを経て、「Caféここいま」という、看護師としてはこれまでまったく経験したことのない「場づくり」へとつながってゆくのだ。
(つづく)
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お知らせ ◉ 2018年8月4日(土)に大阪医科大学で開かれる「臨床実践の現象学会」第4回学術大会で、NPO法人kokoima代表の小川貞子さんが、村上靖彦さん・吉川雄一郎さんとの座談会に参加されます。詳しくはこちらをご覧ください >> 詳細
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*2:KBS京都ラジオ「Glow 生きることが光になる」。詳しくはhttps://www.kbs-kyoto.co.jp/radio/glow/を参照