スペシャリストの役割

 

任:現場がエビデンスを強く求めるのはどのような時かと考えてみると、例えば医療事故や過誤があったけれど幸い患者さんの健康を損なわずに済んだ場合に、そのプロセスにどのような問題があったのか、振り返って改善を行うわけですね。その際、自分たちの経験で行っていることや病院の手順を修正する判断を迫られ、そこで一生懸命エビデンスを探すわけです。でなければ、患者さんに「ここを改善していきます」って言いたくても、何が悪くてどうしていけばいいのか確かなことがわからない。

 例えば、気管切開をされている方の体位変換はレスピレーターを着けたままクローズでしたほうがいいのか、外してジャクソンリースなどを使うほうがいいのか。病院の基準では外すと決めてあっても、現場のナースはVAP予防のためなど、外さず抜管に注意しながら行うほうがいいというような、これまで何例も積み重ねてきた経験に基づく知識があるわけです。だけど、決められた基準を変えていくためにはどうしてもエビデンスがいるんですね。病院の基準を変えるということは命に関わる責任が問われることですから、徹底的に考えなければなりません。集中ケア認定看護師やICU・麻酔科の医師たちが最新の知見を調べてくれたおかげで基準の改定に結びついた経験をしましたが、それでも非常に苦労をしました。

 常に更新されているエビデンスを、こうした病院での具体的なケアの実践に結びつけていくEvidence Based Practice(EBP)の仕組みづくりには、やはり大学と臨床との連携が必要だと思います。とりわけ病院組織に足を置く研究者の役割が重要ですね。とくにこれからは、技術職ではなく教育研究職として臨床に携わりながら、現場の教育を担うような人材の活躍が必要です。研究スキルの必要性を考えれば修士ではなく博士を持つ人材が求められるでしょう。

 また、実践者としてどんな役割分担が考えられるかというと、専門看護師のようなスペシャリストがそれぞれの分野ごとに新しい知識を探索し、スタッフへの橋渡しを行っていくことが考えられます。時間や役割やポジションを保証する仕組みづくりが必要です。

 

牧本:熱心な認定看護師の中には、修士を取ろうとする人も少なくないですね。それは、自分自身の描くスペシャリストとしての役割を考えていく上で、何らかの不足を感じる人がいるためかもしれません。専門看護師に関しても、その分野の臨床看護を極めた上で資格を取った人と、資格を取ることで専門性を高めようと考える人では現場で活躍できる幅や深さにどうしても違いができますし、そもそも認定看護師ほどは分野の中でより専門性が焦点化されてはいませんから、何らかのサブスペシャリティを持つことで活躍に具体性が出るところがあります。このようにスペシャリストといってもキャリアのかたちはそれぞれですね。

 

任:そうですね。キャリアのかたちはどうであれ、みんなそれぞれ志や自負をもってスペシャリティを追求し、自分なりの役割を一生懸命に模索していることを考えると、そういった人材を組織として柔軟に活かしきれていないということも認めなければなりません。ともかく今は、スペシャリストが積み上げていく「縦の知識」と、彼らのネットワークから提供される最新のケアの情報を、複雑な状況にある一人の患者を総合的に看ていくための「横の知識」を豊富に持ったジェネラリストにつなげていくような、連携の仕組みが必要な時代になってきているのだと思います。

 本誌の読者には、中堅看護師の方々が多くおられると思いますが、皆さん、さまざまな役割を持って現場を引っ張っていかなければならない立場ですよね。自分たちで現場をよりよくしたいんだけど、毎年新人が入ってきて事故予防や最低限度のケアの質を保証することで精一杯、という苦悩がおありだと思います。それに、いいことをやろうとしても先輩たちがついてきてくれなかったり、師長さんが理解してくれなかったりと孤独感も持ちやすい。だけどそういう状況を切り拓く力は、院外のさまざまなネットワークだとか、職場とは違うところで得られる知識や経験によって培われるのだと思います。

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