秋山 正子 あきやま・まさこ

訪問看護師、NPO法人マギーズ東京共同代表・センター長。姉の末期がんを看取る際に在宅ホスピスケアに出会う。

 

マギーズ東京の開設から1年。これまで見学も含めて6,019人の方々がここに訪れました。はじめは埋立地で何にもない野っぱらに建物を建ててしまって、本当に人は来てくれるんだろうか? と危惧したものですが、今ではその心配は何だったのかと思えるほどです。このがん患者と家族のための新しい相談支援の形は少しずつ人々の情報網に乗り、ことに当事者である患者自身の皆さんからの注目が徐々に、そして着実に集まってくるようになりました。

 

平日の10時から16時、予約なしで、誰でも当事者としての思いをいつでもしっかりと受け止め、聴いてもらえる。それは今回のイベントと、そのきっかけとなった『「生きる」を考える』という本にもまさに通じていくものです。各ゲストのトークもさることながら、それぞれが持つさまざまな悩みのなかにある、どこか互いに似た体験を語り合うグループワークもとても有意義でした。

 

普段のマギーズ東京では見られない夜景を楽しみながらの帰路、遠くに見える大都会東京が灯す光を眺めがら、それぞれのゲストや参加者の胸の中にあった思いを受け止め、自分自身のこととして考える時間もまた貴重だったのではないでしょうか。企画側の一員でもありながら、参加者としてもとてもあたたかい気持ちになれた良い会でした。また、集まった方々からのチャリティも本当にありがたいお申し出であり、感謝しています。

 

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長江 弘子 ながえ・ひろこ

看護師、東京女子医科大学看護学部教授。昨年日本エンドオブライフケア学会を発起、副理事長を務める。日本型EOLの推進に取り組んでいる。

 

人は大人になればなるほど、いろいろな服を着ます。時には気づかぬうちに固い鎧のようなものを身に着けてしまっていることも。マギーズ東京という場所は、そのように無意識に背負った服や鎧を脱いでもいい場所なのかもしれません。

 

「生きるを考える」時と場所、機会をつくることは大切だと思いつつ、見知らぬ人々が集う一期一会の場所ではそう簡単にできることではないと感じていました。しかし、ここの空間がつくり出す香りや光、オープンな雰囲気はまるで魔法のようでした。集まった人々の語りは、どれも一人ひとりにとってかけがえのない「今を生きる」ことそのものでした。自分を開き、語ることで新しい輪が広がり、そして開かれた自分とつながった人たちとの「素の自分」を感じ語ることで自分らしさを確認し、誰もが生き生きとしていました。

 

省みれば、私自身いつも「専門家の鎧」を着ています。それが安心でもあり面倒なことを避ける理由にもなっているのではないか。でも、妻として夫のことを気遣い、母として子どもたちの成長を楽しむ自分自身があることに気がついた時、つまり誰のためでもない自分の人生を考え、専門家ではない一人の人間になったとき、とても楽になった覚えがあります。生きるを考えることは、自分を開き「素の自分になる」ことなのでしょう。そのことを確認できて心があたたかくなった夜でした。

 

 

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藤田 理代 ふじた・みちよ

ZINE作家。3年前に絨毛がんの闘病を経験した後、“記憶”をテーマにした自主制作本を表現メディアとした制作活動を続けている。

 

「生きる」「考える」「語る」とてもシンプルな言葉が3つ。若年性がんサバイバーとして生きている私にとって、そのどれもが日々欠かすことのない営みです。なのにこの3つの言葉がかけ合わさると、とたんにすべてが難しくなります。でも書籍『「生きる」を考える』に導かれてマギーズ東京という場に集う皆さんとなら、何かを語り、聴くということができるかもしれないと思い、参加しました。

 

幅広い立場から「生きる」を考える執筆者の言葉が綴じられたその本の鏡のように、会場にもご本人やご家族の立場で病を経験された方や、専門職として日々命と向き合われている方など、さまざまな人々が集まり、その語りの一つひとつに心動かされました。

 

なかでも、とりわけ忘れられない言葉があります。「自分自身も“今を生きる”という心理状態でないと、お話を聴くことができない」。会の最後にマギーズ東京の岩城典子さんが語られたことです。

 

聴き手自身の「今を生きる」という心こそが、凍てついた語り手の心を溶かし、ひらくことができる。その時に人は本当の意味で「自分が」生きることについて言葉を紡いで語りはじめ、そして「自分で」考えていくことができるのだと、はっとさせられました。それは7カ月前、自分を、そして生き方を見失った一人のがんサバイバーとしてマギーズ東京を訪れ、語り、考え、自分なりの一歩を踏み出すことができた私自身の経験とも重なるものでした。

 

やわらかな声の響きを受けて自分の中から滲み出るあたたかな涙の力。それこそが空間を共にして語り、聴くことの力なのだとかみしめた帰路。そんなあたたかな響きや涙の記憶を抱き続けているマギーズ東京という空間は、より一層特別なものになっているなとそんなことを感じた会でもありました。一冊の本をきっかけに、そしてマギーズ東京という場でかけがえのない時間を共にすることができ、本当に良かったです。ありがとうございました。

 

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>> Web版『「生きる」を考える』連載中

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