『汀の虹』で使っている素材と道具。制作過程で出た紙の切れ端も、すべて保管しています。

 

3. かたちを考える

 

掬い上げることができたら、次は「どんなかたちにまとめようか?」と考えます。かたちを決める時には、まず読み手が手にとるシーンを思い浮かべてみるようにしています。読み手はどんな人だろう?自分だけなのか、他者も含めてなのか。その読み手は、綴じ手である自分のことを知っている人なのか、知らない人なのか。そして「どんな場所や時間帯に手にとるのだろう?」「どんなことを感じるのだろう?」と想像しながら、かたちをつくるための要素を順番に決めていきます。

 

・サイズと手触り

手にとって読み進める本というかたちでは、内容以外の要素から読み手が無意識に受けとるものもたくさんあります。まずは手にとった時、ZINEのサイズは掌におさまるのか、それよりも大きなものなのか。ページ数は多いのか、少ないのか。重みはどのくらいか。小さいほど伝わるものが少ないかというとそうとも限らず、掌におさまるような小さなかたちにすることで、読み手が覗き込むように本の中にぐっと入り込んでいくことも幾度となくありました。

 

次に手触りは柔らかいのか、硬いのか。温かいのか、ひんやりするのか。触れた時に読み手の"手"を通して伝わってゆく感覚の記憶、つまりは見た目や香り、ページをめくった時の音なども、使う紙の種類や厚みによって大きく変わります。製本方法によっても柔らかな動きが生まれるものからかっちりと固まるものまで幅があり、ページをめくった時に生まれる流れやリズムも大きく変わります。綴じる内容にあったサイズと手触りを探りながら、一つずつ決めていきます。本一冊にかけられる費用や、全部何冊綴じるのかといった予算や手間とのバランスもとりながら、無理なく実現できるかたちを探りましょう。

 

・丈夫さと時間の抱き方

経年による変化の加減も大切な要素です。できたての状態を起点に出来る限り同じかたちを保ちたいのかどうか。置き場所や触れられ方に負荷のかかる状況があれば、それも考慮します。たとえば図書館のように何度も棚から抜き差しされ、たくさんの方が手にとるような場所に置く場合は、表紙も綴じ方も丈夫な方が良いでしょう。持ち運びの多いZINEであれば、製本方法や紙によっては保護するケースなどをつけて中身が傷まないように護る心配りも必要です。

 

あえて脆さを感じさせるかたちにすることで、触れる際に儚さを感じてもらうこともできます。しかしその脆さを儚さとして感じ「大事にしなくては」と触れる方もいれば、「読みづらく不親切だ」と感じる方もいます。紙色や手触りの変化も、時間の経過や人の手が触れられてきたという証として感じる方もいれば、単に「傷んでいる」と感じる方もいます。さまざまな価値観や感じ方を想像しながら、綴じる内容と手にとる人を思い浮かべてじっくりと吟味します。

 

・距離感

読み手との距離感もとても大切です。選ぶ言葉やビジュアルの内容と量、配置や余白の取り方によって、読み手との距離感が変わります。設定した距離感を近いと感じるか遠いと感じるかは読み手次第ですが、本全体を通して距離感を保つことも、ページをひらくたびに距離感を変化させることもできます。読み手に「どんどん迫ってくる」ものもあれば離れてゆくものもあり、読み手の方から自然と距離を縮めてゆけるものもあります。"距離感"という視点で身の回りにある本を読み直しても、また面白い発見があるかもしれません。綴じる内容、そして読み手にとってちょうどよい距離感についても考えながら細かな要素を調整します。

 

・余白とリズム

本の構成を考えるとき、個人的に一番大切にしているのが余白のとりかたとリズムのつくりかたです。趣の異なる本をいくつか手にとってページをめくってみると、それぞれの余白やリズムの違いを感じやすくなります。余白については、本の中に"何も記されていないスペースがある"という意味での余白もあれば、言葉選びやビジュアルの加減で"そこに綴られている内容以外の解釈もできる"もしくは"読み手の個人的な記憶や想いもかさねることができる"という意味での余白もあります。余白のある表現は手にとった時に迫ってくる感覚も少なく、読み手の側から距離を縮める一つの要素にもなります。

 

リズムにも、言葉や写真、イラストが生むリズムもあれば、構成が生むリズムもあります。写真、言葉、写真、言葉……とそれぞれが同じ大きさと量で規則正しく繰り返されるリズムもあれば、変則的にすることでリズムに変化を持たせることもできます。ページをめくる、読み進めるために必要な動作によってもリズムは変わります。手に持ちやすく、パラパラとめくりやすい紙や製本方法であればリズムよく進みますし、一枚ずつ袋から取り出すようなかたちであればまったく違ったリズムになります。

 

それ以外にも、細かな字が読みづらい方が読み手であれば字は大きくする必要がありますし、日本語では伝わらない場合は他の言葉を使用するか、言葉がなくても伝わる構成を考える必要があります。フォントにも懐かしさを感じる字体や新しさを感じる字体などさまざまなものがあり、写真やイラストも個々が持つ空気感や量によっても与える印象は変わります。このように、実際にZINEを手にとるシーンを思い浮かべながら一つひとつの要素に注目していくと、そのZINEのどの要素がどのように五感に触れるのかが想像しやすくなります。ある程度仮決めできたら、実際に見本をつくってめくりながら、読み手に心地よく、綴じる内容と釣り合いのとれたかたちを探りましょう。

 

・束見本

だいたいのかたちがイメージできたら、次は実際に使う紙と製本方法で束見本(サンプル)をつくります。ゼロからイメージすることは難しいと感じる時は、図書館や書店にあるZINEや手製本についての本を読んだり、インターネットで画像検索するとイメージが広がります。「ZINE」「手製本」「bookbinding」「handmade book」などと検索してみると、本当にさまざまな本のかたちやアイデアに出会うことができます。イメージがある程度まとまったら、一度試作したものを自分で手にとり吟味します。実際にかたちになると「もう少し大きい方が良いかな?」「もう少しじっくり触れてもらえるようにしたいな」「本の中に入り込みにくいな」など、色々なことを感じます。それをもとに、微調整しながら最終的な本のかたちを決めます。

 

『汀の虹』に関しては、まず「汀」を感じさせるかたちであることにこだわりました。最初に決めたのは紙の種類。うっすらと透ける紙を使い、余白を多めにとって文字や写真を紙の裏側に印刷することで、表から見たときに水面から水の中を覗きこむような奥行きを出しています。大きさは掌におさまる範囲で、触れた時にも「汀」のように揺らめくようにじゃばら折りに近い仕上がりにしました。広げると波のように、くるりとまわすとお花のかたちもなり、たたむと半透明の三角形におさまり、触れる度に変化するかたちになっています。

 

また読み手の記憶も本におさめることができるように表紙も本文もすべて袋状になっていて、その袋の中に印刷された表紙や本文が紙片としておさまっています。中身は全部とりだし、真っ白な本のかたちだけを残すことも、読み手の好きな中身に入れ替えることもできます。読み手のその時に心情によってその時々の色に煌めく汀の虹のように…と考えた一つのかたちです。

 

 

『汀の虹』触れ方によって、三角形からさまざま形に変化します。

 

4. 磨きをかける

 

かたちが決まると、ZINEの中におさめる内容のボリュームが決まります。一ページあたりどのくらいのボリュームにおさめるのかを決め、実際に言葉やビジュアルを束見本にのせていきます。まずは「ここにおさめたい」というものを、はみ出しそうであってもぎゅっと詰め込み、そこから何度も見つめ直しながら少しずつ削ったり、磨いたりを繰り返していきます。

 

ノートの中のメモ書きと同じ言葉や写真でも、一ページという枠の中におさめ、前後のページとの流れの中で見つめ直すとまた違って見えてくるものです。移動中の電車や、公園のベンチ、池のほとり……夜眠る前に読んだ後は一晩寝かせて翌朝もう一度読みなおしたり、手にとる時間帯や場所を変えてもまた違った見え方がします。もし可能であれば、ある程度まとまった段階で自分以外の人にも読んでもらうこともおすすめです。

 

そうして「読む」という流れを何度も繰り返しながら、受けとった感覚をもとに削っては加えてまた削り、磨きをかける。ここにかけた時間で、本の輝きが変わります。さまざまな読み手のまなざし、つまりは異なる視点から磨きをかけられたものほど、誰の掌でもさまざまな色に煌めくようにも思います。

 

 

5. 自分の手で綴じ、手渡す

 

中身に磨きをかけ終えたら、いよいよ実際に印刷し、製本します。身の回りの道具と素材で綴じることができるZINEの一番良いところは、思い立った時にすぐに綴じることができるという点です。最低限の材料を揃えて綴じ方を調べる準備は必要ですが、他者に依頼するという行為を挟むことによってかかる時間や手間はなくなります。綴じてみた後で気軽に修正を加えることができるので「まずやってみて考えよう」と、気負いなく手を動かし表現することができます。

 

具体的な製本方法については次回(第6回)の「ZINEのつくりかた〜綴じ方篇」で詳しくご紹介しますが、家庭にあるインクジェット・プリンタでも印刷してつくることができます。印刷した紙を折り、束ねて糸で綴じていく「和綴じ」であれば、定規、キリ、クリップ、縫い針、糸。印刷した紙を折り、つないで綴じていく「蛇腹折り(経本折り)」であれば定規、ボンド、筆。こだわれば製本専用の道具もありますが、体験用に気軽に試す程度であれば、街中の100円均一ショップで揃う道具でも十分代用することができます。

 

暮らしの空間で手軽に揃う道具や素材を使いながら、心の中や暮らしの景色の中に散らばっていたものを集めて、磨き、一つの表現としてまとめてみる。散らばっていたものがだんだんと結晶のように自分の手の中にまとまってゆくその変化の過程を、自分の目で見て、手で触れながら感じることができるZINEづくりには、言葉にできない納得感があります。

 

そしてZINEを手渡すこと。ZINEをつくる過程でまず自分自身が初めて気づくこともたくさんありますが、他者に手渡すことで初めて気づくこともたくさんあります。時間をかけて想像しながら表現したものを手渡す。想像していたとおりに感じてもらえることもあれば、まったく感じてもらえず伝えられないこと、逆にまったく想像していなかった見方や感じ方を受けとることもあります。

 

個人的には「想像どおり」そして「想像外」の跳ねかえりを受けとるという行為を続ける中で、人の価値観の幅広さを再確認し、また自分の想像力、つまり相手を思いやる力を育むことにつながっています。自分の目で見える範囲、自分の手におさまる範囲のものを自分で綴じ、手渡していくそのささやかな表現ですが、この文章を読んで思い浮かんだものがあれば、ぜひ気軽に表現してみてください。

 

─ 次回へ続く─

 

 

『汀の虹』展示風景。本に綴じた詩と花の写真をギャラリーの壁一面に浮かべ、来場者の方に

好きな詩と写真を選んでいただき、その場で預かって本に綴じる試みも行いました。

 

 

 

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