入院するお母さんと子どもたちの御守りとなった豆本たち
家族の想いをかたちに
今までで一番「ZINEづくりを続けてきて良かった」と感じたのは「家族に持たせる本をつくって欲しい」と、ご依頼をくださった男性に豆本をお贈りした時でした。以前「掌の記憶」の取材旅で偶然に出会った方で、奧さまがしばらく入院することが決まった時にZINEのことを思い出し、入院する奥さまと家で帰りを待つお子さまたちそれぞれに、御守りになるよう本を持たせたいとご依頼くださいました。その想いと結婚後から撮りためていらっしゃった家族写真をお預かりして「掌の記憶」と同じ形の豆本に。1日でも早くお渡ししたい一心で、依頼をいただいてから数日で制作。身近にある素材と道具で制作可能なZINEだからこそ、すぐにかたちにすることができました。
発行日は完成日より少し後の、ご家族の記念日に。発行日の夜には無事に家族でこの日を迎えられたこと、子どもたちが今も毎日鞄に入れて持ち歩いてくれていることなど、写真とともにメッセージをくださいました。「家族が持ち合う本を贈る」人の命や暮らしを直接的に支えるほどの力はありませんが、「本を綴じる」という行為を通して、僅かながらでも大切なご家族を想う気持ちを本に込めて伝え、離れた家族の心を繋ぐお手伝いができたことは、とても大きなことでした。このようなかかわり方をもっと続けて、少しでも病を経験されたご本人やご家族の力になれたらと思います。
共有すること、繋ぐこと
「病によってそれぞれが心の中に抱えているものを、闘病記とは違った形で共有できる方法はないだろうか?」という想いから、この夏に制作した『汀の虹』という豆本の詩集。掌にすっぽりとおさまる7cmほどの豆本で、糸や糊は使わずに「折る」行為だけで本にすることを試みました。すべてのページがポケット状になっていて、蛇腹にのびたり花のような形にひらいたり、触れるたびに自由に変化します。
3冊に分けて綴じた28篇の詩は、がんという大きな喪失を経験してからの3年間の心の変化だけでなく、ZINE制作のための取材や展示を続ける中で出会った人たちからお預かりしてきた記憶や交わしてきた言葉を振り返り「詩」という形までそぎ落としたものです。同じようにがんを経験した方、がんではなくても何か大きな喪失を経験した方、そして支える側のご家族やご友人であったり、専門職の方であったり。状況や立場は違っていても、それぞれが喪失がもたらすどうしようもない心の揺らぎを経験していることを実感し、想いが重なる部分を掬い上げて28篇の詩にこめました。
読み手の方が思い出したくないような辛い記憶に触れる詩は本から抜き出してしまったり、逆に手書きのメッセージや写真を入れてお贈りしたり。本が持つ「抱く力」を借りながら、その人にとって持ち続けたい1冊に変えていけるように。そして本を手にとり触れてゆく中で、それぞれが心の内に抱えてきたものがじんわりと滲み出し、触れあい、何かを交わしてゆくきっかけになる記憶や想いの呼び水のような1冊になればと、展示を通して手渡しの関係でお届けしていく予定です。
『汀の虹』にはもう一つ、材料費と販売経費を除いた1冊につき約500円を、がんを経験した方々への相談サポートを続けるNPO法人への寄付金として納めるという目的もあります。喪失がもたらした辛い経験、心の揺らぎ。誰しもが抱えているであろうものを共有しながら何かを繋いでいく一つのかたちとして、ライフワークとして続けていきたい新しい試みです。
隔たりの間で交わすもの
「こうして本に綴じて自分を見つめなおすこと、実は現場の専門職にも必要なのかもしれないわね」これは、ZINEの展示にきてくださったケアマネジャーさんが、帰り際に静かに伝えてくださった言葉です。人の命と日々向き合い続けている専門職の方々もまた、言葉にできないさまざまなものを抱えていらっしゃるように感じます。ケアマネジャーさんがおっしゃったように、ケアする側もまた「本に綴じること」を通して、自分の中にある想いや体験を、距離を置いて見つめなおしたり、共有していくことが必要とされているのかもしれません。
自分をまなざし、他者をまなざし、想いを交わしていく。それぞれが内側に抱えているものを表現し、共有する一つのかたちとして。また、その瞬間を確かなものとしてのこしていく一つの方法として。そして隔たり間で想いを交わす方法の1つの提案として。この「まなざし」を綴じるZINEという表現に、ささやかながら可能性を感じています。1冊1冊から生まれるもの、またこうし共有する中で生まれるものを大切にしながら、ZINEという表現を続けていきたいと思います。
─ 次回へ続く ─
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