「Caféここいま」近くにある関西大学堺キャンパスで開催された「ココ今二ティー写真展」の様子(2016年6月撮影)

 

 

大阪は堺市の香ヶ丘町。南海電鉄浅香山駅前の商店街の一画で運営されるコミュニティカフェ「Cafeここいま」。前回お伝えしたとおり、ここは近隣の浅香山病院の精神科病棟に長年勤めてきたベテラン看護師たちが中心になって運営される、地域の不思議な「居場所」だ。

 

2015年12月の立ち上げ当初から、運営を担うNPO法人kokoimaの理事の一人として、僕も企画や運営に関わってきたけど、この2年半近くのなかで、その「場の可能性」は日に日に高まり、多様に広がっている。浅香山病院に長期入院する患者さんをはじめ、その客層は徐々に地域住民や商店街関係者、福祉やまちづくりを学ぶ学生や教員、そして地域に開かれたケアの実践に触れたいと思って遠方からもやってくる看護師や福祉関係者、そして僕のようなケアの現場に関心を寄せる文化関係者なども。こうして、Cafeここいまは徐々に成長し、リユースショップ「ぜろ」や、就労継続支援B型事業所「おめでたい」のオープン、さらには商店街活性化のためのイベントの中核を担うなど、「精神看護と地域づくりのハザマ」を縫うように歩みを進めてきた。

 

病院勤務の看護師がその「ハコ」を出て、いわゆる訪問看護師というわけでもなく、地域にカフェを開き、まちの人たちとあれやこれやとイベントを仕掛けていく。kokoima代表理事の小川貞子さんや、理事でカフェ店長の廣田安希子さんたち看護師がその覚悟を決めるにはさまざまなプロセスがあっただろうが、その大きなきっかけとなった「ココ今二ティー写真展」について、今回は書いていこう。

 

 

被写体のナラティ(語りが魅了す「ココ今ニティー写真展」

 

浅香山病院では、精神科病棟に長期入院する患者さんたちが被写体となる写真展がたびたび開催されてきた。きっかけは、2012年に写真家の大西暢夫さんが雑誌『精神科看護』(精神看護出版)のグラビア連載のため病院に訪れたことだ。

 

大西さんが、患者さん個々人と撮影を通じて関係性を築き上げていくなかで、連載では掲載しきれないほどたくさんの魅力的な写真が誕生。当時、浅香山病院の副院長兼看護部長だった小川さんは「彼ら彼女らと現場で一緒に生活し、ケアしている立場としては、私たちのケアを提供する時にみるメンバーさんの笑顔と、カメラを通して得られる笑顔とが違うと感じ1た。

 

「写真展をしてもっと多くの人に観てもらいたい」という小川さんの提案に、患者たちは自然に乗りながら、やがては一緒に企画をし、ポスターをつくり……と徐々に看護師と患者という立場を越えて、大西さんはじめ雑誌編集者や精神看護学の教員など、外部の人々も巻き込みながら写真展ができ上がっていった。これが「ココ今ニティー写真展」のはじまりだ。ちなみに、“ココ今ニティー”の「ココ」は「ここの場」や「ここに居る人たち」、「今」は病院のある地名・堺市今池町の「今」と現在の「今」、「ニティー」は「コミュニティ」の語呂あわせ。

 

浅香山病院の院内でスタートしたこの取り組みは、姉妹系列の茨木病院や森ノ宮医療大学のオープンキャンパスでの開催へと広がり、2015年秋にはグランキューブ大阪で開催された第46回日本看護学会の精神看護学術集会でも展示されるなど、全国の精神看護の専門家から注目される存在となっていった。

 

 

 

 

2015年8月に森ノ宮医療大学で開催された「ココ今二ティー写真展」の様子(上)とそのチラシ(下)

 

 

改めてこの取り組みが注目されるポイントを二つ挙げたい。まず一つ目。それは、患者さんたちが被写体であることだけにとどまらず、展示会場で自らの写真の横に座り、撮影時に思ったことや自身の半生、そして夢について語り出す「ナラティブ(語り)写真展」であるということ。そして二つ目。この展覧会の企画自体に患者さんたちが主体的にかかわり、名刺まで制作して営業活「地域参加」するという点だ。

 

この二つの特徴を通じて、看護師と患者と写真家という関係性が、同じ志 ―写真をもっと多くの人に観てもらいたい。院内にとどまらまらないあり方で、さまざまな人と出会いたい― のもとで「メンバー」として編み直されてゆく。ここでは過去の展覧会でのいくつかメンバーの「ナラティブ」をつまんでみたい。

 

 

 

まずは、2015年7月、森ノ宮医療大学にて開催された写真展での、田村正敏さん(写真:右から3人目)による語りの風景から。彼が被写体となっている写真には以下のキャプションが書かれていた。

 

──田村さんにとっての楽しみは?

やっぱり、ローソンやな

おやつ買うのが楽しみ。 タバコ以外で買うもの。

 

──田村さんが一番大切なものは?

やっぱりバックやな。 3,000円から5,000円したから。

 

──田村さんの好きな人は?

やっぱり自分の母親やな。

その次は大西さんやな。

そして次は師長、永江師長さん。

 

──田村さんにとって「ココ今ニティ」は何ですか?

くつろぎです。

 

 

 

次は2015年7月 森ノ宮医療大学(写真左)と2015年9月 グランキューブ大阪(写真右)にて開催された写真展での、益田敏子さん(ともに中央)による語りの風景。以下はキャプション。

 

お部屋から出てきたところを待ち構えていて、撮ったのかな?

大股に歩いているね。

女の子だから もう少し 小股で歩くようにしないと 恥ずかしいでしょう。

いろんな写真を一枚一枚見て歩くのも エンジョイではないでしょうか?

 

 

 

最後に2015年9月、グランキューブ大阪にて開催された写真展での、治村正信さん(写真左)による解説風景。

 

楽しんでできること それは自分の得意な

趣味、仕事、その他 できること

 

人間一人では生きて ゆけない

だから対立する

だから友達になる

 

そして、何か 楽しむことを

さがす・・・ でも

たいていが

しれていることだ・・・?!!

 

また、メンバーが写真展を重ねてきたなかで出てきた感想を紹介しておきたい。以下、前述した益田敏子さんと治村正信さんの言葉を、2015年6月に記録された手書き感想用紙から原文のまま書き起し、個人名の箇所は○○として表記したもの。

 

看護学生さんと話す機会を得ました

説明をしながら写真も見てもらいました

奥様でこの写真は覚えていますよとやさしく云って下さった方も

いらっしゃいました

よく写真が撮れているねと写真をほめて下さった方もいました

全体的には好評だったように思いました

ご来場のみなさま方も今回は多かったように思いました

精神科のイメージが変わってくれたらいいなと思いました

益田敏子

 

写真展にこられた方が、写真や詩に見つめられ、うれしかったです。

僕の写真はいちばんエレベーターの前だったので、

少しさみしかったです。

だけど見にきてくれた方々に名刺交換をしたりしてほんとうに

たのしかったです。

アイスミルクティーや、アイスコーヒーもでてよかったです。

昔おられた○○さんや○○さんにも出会えてよかったです。

このココ今ニティ写真展が日本中に届くとよいと思います!!

治村正信

*1:2017年2月12日(日)に大津プリンスホテルで行われた、アサダ企画のトークセッション「“福祉”に対する新しいまなざし」(「アメニティフォーラム21」内プログラム)での小川氏に発言より。

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>> 連載のはじめに・バックナンバー

第七回

病院から地域へ。精神看護と地域づくりのハザマから見えること。その2

―「ココ今二ティー写真展」が切り開いた「ケア観」の揺らぎと「地域」への回路 ―

  • >> 今回の視点 〜 編集部より

    精神科病棟に入院している患者さんたちが「顔出し・名前出し」で被写体として、また企画運営者として会場に登場する写真展。それはありのままの自分たちと社会との間にある、見えない境界線を自身の力で超えていこうとする活動の第一歩でした。

     

    アサダさんはそれが、展覧会をプロデュースした小川貞子さんにとって「病院の中で固定してい〈看護師/患(ケアする者/ケアされる者)〉という関係性を微妙にズラし、看護師たちの新た(広義の〈ケアの回路を開いた」体験だったのは間違いないだろうと述べられています。

     

    写真展を通して、見違えるほど元気になって力がでてくる患者さんたちを目の当たりにした小川さんは、しかし、いやむしろそのせいであるジレンマを感じるようになります。どれだけ素晴らしい「場づくり」を行っても、それは入院中の患者さんたちが日常的に社会とつながっていくための拠点とはなり得ない。本当に必要とされるのは、彼ら・彼女らが生きる同じ地域で暮らす人々と時間を共有できる日々の「居場所」なのだと。

     

    こうした真摯な洞察が、看護部長の小川さんやその部下だった廣田安希子さんに、自分たちを病院という「ハコ」から飛び出させる決心として結実していきます。今回の記事ではそうした彼女たちの戸惑いや苦悩といった心の動きがよくとらえられています。

     

    「Cafeここいま」を足場とする小川さんや廣田さんの取り組みは、NPO活動の拡張やさまざまなイベントの開催などを通して、いま現在もリアルタイムで地域にどんどん浸透中です。読者の皆さんも、もし機会があればぜひそのエネルギーを現場に訪れて感じてみてください。 >>「Cafeここいま」へのアクセス

     

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