連 載

考えること、学ぶこと。

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生きるを考える Nursing Science for the End of Life

オーナーを務める「みのりカフェ」(東京・根津)にて。患医ねっとなど患者と医療者をつなぐさまざまな企画イベントの場にもなっている。

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第4回 鈴木信行 profile

「今のいのちを輝かせる」

私は現在「患医ねっと」いう組織を立ち上げて、患者と医療者がともに学ぶ場やイベントを企画運営しているほか、いくつかの大学の非常勤講師、カフェのオーナーなどを務めています。

 

体が小さく、歩き方も不安定な生まれつきの身体障がい者である私は、大学3年生だった20歳のとき精巣がんになり、治療のために休学しました。このがんはその後、会社に入社して1年目の24歳で再発。さらに47歳になった現在は甲状腺がんを発症し、現代の医療では治療が難しいと言われて、人生のカウントダウンが進んでいます。

 

今日は、これらの経験を通して私が考えている3つのお話をしたいと思います。

 

まず最初に「いのちを取り巻く世界」をめぐる「人生の始まり」について。次にその「人生の終わり」について。そして最後に、私がいのちにかかわる病気から教わったことを通じて「“生きる”とは?」について考えます。皆さん一人ひとりが、自分にとっての「生きる」とは何か、そして自分はどういう生き方をしたいのかを自身のこととして考えていただけたら嬉しいです。

 

 

 いのちを取り巻く世界1:人生の始まりの話

 

生まれてくるいのち

 

まずは人生の始まりについての話ですから、妊婦さんを取り上げてみましょう。日本の医療では妊娠をするとまず100%の確度で、超音波検査を行い赤ちゃんの写真を撮りますが、そこで実際に産科医と妊婦さんの間で交わされた会話を紹介します。あなたのお腹の中に赤ちゃんがいると考えてみてください。

 

超音波検査を行った産科医から「実は……、お腹の中の赤ちゃんに病気が見つかりました」と言われました。どんな病気でしょう? 医師は超音波の写真を見ながら、そして赤ちゃんの絵を描きながら説明してくれます。写真を見ると、赤ちゃんのお尻の少し上に、直径2センチぐらい、高さ1センチぐらいのコブがあるようです。病名は「髄膜瘤」と言うそうです。医師から「このコブは放っておくと赤ちゃんは死んでしまうので、生まれた日に手術しましょう」と提案されました。

 

医師の話はこれで終わりません。

 

「この病気は、コブの手術だけでは解決しないのです。手術をすると、脳を守っている脳脊髄液がうまく循環しなくなり、脳を圧迫するようにどんどんたまってしまう水頭症という病気が発生する場合があります」

 

医師はその対策として「1~2週間後に様子を見て、頭に水がたまるようだったらシャント術という手術をしましょう」と妊婦さんに伝えました。この髄膜瘤という病気は3千人に1人ぐらいの確率で発症しますので、それほど珍しい病気ではなく、いずれのケースでもこのように説明が進められます。

 

ここまで聞いて「自分の赤ちゃんが大変な病気になってしまった。大変な手術が次々と控えている。私に育てられるかしら。この子は幸せになれるのかしら。私は、この子を愛せるのかしら」などと不安になり、マイナス面の想像がたくさん浮かんできた方も多いと思います。

 

そのような中、医師は「妊娠21週目までだったら(法律上難しい解釈なのですが)、人工妊娠中絶できます」と付け加えてきました。さあ、あなたはどうするでしょうか。このまま出産しますか? それとも中絶しますか?

 

この問いに正解はありません。自分のこととして、生まれてくるいのちの重さや決断の難しさを感じ取ってくれることが大切なのです。

 

 

私として生まれてきたいのち

 

今のお話に出てきた「髄膜瘤」や「水頭症」には、原因となる疾患があります。病名を「二分脊椎症」といい、実はそれこそが私の病気です。母のお腹の中で二分脊椎症を発症した私は、これまでに10回を超す手術と数多くの入院を経験して大人になりました。体が小さく足が不安定なのは、まさにこの病気による症状なのです。

 

先ほどの医師の話からあなたがイメージした赤ちゃんの様子と、いま目の前で元気に講演している私の様子を比べてみてどう思われますか? そこに大きなギャップを感じられるのではないでしょうか。

 

そんな私に届いた、あるメールを紹介します。

 

「鈴木さんのホームページを見て、二分脊椎の子どもが元気に生きられることを知りました。…(略)…二分脊椎の子どもは寝たきりだと聞いていたため…(略)…中絶をして、私は殺人者になりました。…(略)…これからは、殺してしまった赤ちゃんのために、私たちは生きていきます」

 

お腹の中にいる子どもがその病気だとわかったとき「寝たきり」になるとは誰も言わなかったと思うのです。実際、二分脊椎症で寝たきりの方はほとんどいません。医師からいろいろな説明を聞いたそのご夫婦は、動揺やショックのせいからか「寝たきり」になると自ら思い込んだのでしょう。

 

このメールが届いたとき、私はとても寂しく、そして悲しい気持ちになりました。もちろん、産んでいればよかったという単純な話ではないでしょう。何が正解であり、何がハッピーなのか非常にわかりにくい世界です。しかし「生かされた」私からすると、自分なりに苦渋の決断をしたのに、そこに誤解や認識の不足があったため自分のことを「殺人者」と呼ばなくてはならなくなってしまった、そんなご両親の一生を寂しく、そして悲しく思うのです。

 

将来、皆さんが家庭をもち子どもを授かるかもしれない。そうすると誰にでもこのようなことが起こり得ます。

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鈴木 信行 すずき・のぶゆき

 

1969年神奈川県生まれ。工学院大学工学部電子工学科を卒業後、製薬会社にて、13年間にわたり製薬・製剤に関する研究に携わる。2007年退職。2011年に「患医ねっと」を立ち上げ、患者の視点から日本の医療環境をよりよくするための活動に着手。2015年ペイシェントサロン協会会長。生まれつき二分脊椎症による身体障がい者(2級)、20歳のとき精巣がんに罹患。24歳で再発し転移による加療。47歳のとき甲状腺がんに罹患し、現在ステージⅣのがん患者として加療中。

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