───
───
───
「犠牲なき献身」は
どうあり得るのかを
考え続けるしかない。
── 慈善と近代的職業の両立をめぐって
栗原康 × 田中ひかる × 田中ひかる × かげ
座談会
神聖だけど、過去の人
~看護学生が抱く
ナイチンゲールのイメージ
ひかる:『明治のナイチンゲール 大関知物語』を書くにあたりナイチンゲールの評伝をたくさん読みましたが、『超人ナイチンゲール』は圧倒的におもしろかったです。
かげ:私もすごくおもしろく読みました。もともとナイチンゲールの伝記はいくつか読んでいて、「こんなぶっ飛んだ人いない!」と思ってX(旧ツイッター)で「おもしれ〜女」ってつぶやいたら、「ナイチンゲールをバカにしないで!」って怒られたんです。でも、私の中では褒めているんですよ。突拍子がなくて行動力もあって、発想も常人離れしているナイチンゲールが大好きなんですけど、つぶやいて怒られてみて、やっぱりナイチンゲールって、みんなの中では、改革をコツコツ進めて、統計学を広めていった、偉くて美しい女性というイメージなんだなと思いました。
看護学校では、ナイチンゲールは『看護覚え書』注2しか、基本的に学ばないんです。
栗原:学生全員が読むのですか?
かげ:はい、学校で配られるんです。教科書なので、みんなつまらないと思っている。人物は有名だけど、教科書で使い終えたらそれ以降はもう勉強しません。
栗原:僕は子どもの頃に男の子向けの伝記はよく読んでいたのですが、ナイチンゲールとかキュリー夫人とかは読んだことはなかったです。当時は伝記って男の子向けとか女の子向けとかに分かれていましたよね。でも子どもの頃にナイチンゲールの伝記を読んでいたら、逆に興味なくて、今回の出版の依頼を断っていたかもしれません。
『超人ナイチンゲール』の執筆にあたり、宮本眞巳さんが書いた『ナイチンゲール』注3と『カサンドラ』を編集さんから送ってもらって、ナイチンゲールを初めて読みました。宮本さんの伝記執筆後の後日談がおもしろかった。原稿を提出したら、出版社から、ナイチンゲールを優しい、母性的な感じで書いてほしいという要望があってライターさんに原稿を改変されてしまったけど、納得できなかったので闘った、という話が出ていましたね。
ひかる:やっぱりナイチンゲールは神聖視されているから、そのイメージを壊そうとすると横槍が入るのでしょうか。かげさんは子どもの頃にナイチンゲールの伝記を読みましたか?
かげ:読んだかもしれないけど、よく覚えていないです。私が看護師になろうと思ったのは、センター試験で受験に失敗して、どうしようかとなったときに、偶然、大学の看護学部のパンフレットを目にしたからなんです。翌日が願書締切日で、とりあえず願書を出して受験したら受かって、そのまま看護学部に進みました。なので、入学して『看護覚え書』が配られたときに、「ああ、そういう人いたな」と思った程度でした。
看護学校では、ナイチンゲールの人生について学ぶことはなく、『看護覚え書』を読んでレポートを書くだけです。でも書いてある内容が古かったり、今の現実に合わないところもあるので、現在の医学や看護には関係ないみたいに考えている人が多いのではないでしょうか。だからか、看護学生でナイチンゲールが好きという人はあまりいなくて、「昔の人」というイメージです。でも一方で、ナイチンゲールが看護師の鏡になっているのも事実です。神聖な人だとは思っているけど、積極的に知ろうとは思わない過去の偉人、といったねじれがあるような感じですかね。
注1「ナイチンゲールの越境」は、日本看護協会出版会がナイチンゲール生誕200年を記念して展開したシリーズ書籍。現在9号まで刊行。
注2『看護覚え書(き)』(原著「NotesonNursing」FlorenceNightingale, 1859/1860)は、「看護とは、患者の生命力の消耗を最小にするように整えること」を看護の基本的原理とする、ナイチンゲールの代表的著作。現代社、日本看護協会出版会のほか複数の版元が出版している。
注3 宮本眞巳『ナイチンゲール』(文研出版、1981)現在は『創造られたヒロイン、ナイチンゲールの虚像と実像』(ナイチンゲールの越境7、日本看護協会出版会、2022)に所収。宮本がこのナイチンゲール伝を執筆したのは看護学生時代である。本書には執筆当時を振り返った論考も掲載されている。